引き続き1999年春〜2001年春版までです・・。

★99年春用
きっぷの価格はそのまま、11,500円です。

キャッチコピー:「学校を卒業すると、春は黙って行ってしまうようになる」

 ずいぶんとブランクをあけてしまいしましたが、デジカメを使えばそこそこの画像が得られると都が分かったので、掲載を継続することにしました。

 このコピー、一体誰が考えているのでしょうか。なかなかいいですね。けどココ最近の18きっぷの広告の画面構成といい、ぱたーんといい、インパクトが全然ありませんね。
 なかなかいいんですよ。構図も決まっているし、一目見て「ああきれいだね」と言えますから。しかしながら先日もも客さんと話をしていたのですが、「広告デザイナーの質がここ数年で目に見えて落ちてきている」と言うんです。言われてなるほどだと思いました。
 理由はこうです。「デザイナーは、できあいの素材ばかり集めたがる。言われたことしかしない奴らばかりになってしまった。現存する物から模倣をして広告を作る様になってしまっている。自分で独創的なデザインやアイデアや創造性のある世界を世の中に出そうとしていないではないか。」と。言われてみれば納得ですな。(その方は、女性です。)
 18きっぷの広告も最近はよく似たパターンで終わってしまっていますね。まあ経営的にはあまり歓迎されない切符となりつつあるようですからクライアントの顔が見えてこない広告になってしまってもまあ無理がないか、というのは言い過ぎかな?

次の夏の広告、期待してまっせ!(99/3/6)
★99年夏用(撮影地:釧網本線川湯温泉駅)
お値段はそのまま、11,500円です。

コピー:「あ、ここだ、と思う駅がきっとある。」


 ここの上記の書き込み(雄叫び)が聞こえたのか?、企画の趣旨が変わりましたね。今回は「駅」を取り上げています。
 場所は釧網本線の川湯温泉駅、となっています。私もこの駅は学生時代から何度も乗り降りしていますので、一発で分かってしまいました(といいつつ、ポスターなどをよく見れば向かいのホームの柱に「かわゆおんせん」と書いてあるので、分かってしまうのですが。(笑))

 あなたには思い出の「駅」というものがありますか? 私の一番心の安心する駅・・札幌駅。ひとりで居てじーん、と来てしまった駅・・只見線の会津大塩駅。未だ野宿で忘れられない駅・・函館本線の小沢駅。思い入れのある駅・・・なくなってしまった深名線の北母子里駅、などなど。
もしあなたの思い入れのある駅がありましたら、ここの掲示板にでも書き込んでおいて下さいね。またよもや話を色々としましょう。(99.8.2)
★2000年春用(撮影地:肥薩線えびの駅)
お値段はそのまま、11,500円。

コピー:「通過しない。立ち止まって記憶する。そんな旅です。」


 本当は冬用のJR四国の駅のヤツもやりたかったのですが、素材が無くて出来ませんでした、はい(笑)
今回は肥薩線のえびの駅ですね。行ったことはありませんが、この改札シリーズも3回目、場所のヒントは必ず画面の中に出ていますし、旅人を引きつけるには前回のシリーズよりはいいんじゃないかな、と思います。
 けどなんか今回のシリーズもピンと来るような、来ないような、そんな感じがします。若者は立ち止まって旅をするようなそんな余裕が無くなってしまっています。それは不景気だったり、時間と心の余裕がなかったり。一人で自分を見つめて旅をするようなトレンドは青春18きっぷを使って旅をして欲しいと思っているユーザー年齢層(といっても、もう国民的きっぷなのでそう言う表現というのは似合わないのかも知れませんが)にはマッチしていないのではないかと思います。
たとえば若者のグループ旅行を楽しく見せるとか、そういう表現なんかはいいのではないかと思います。このきっぷでは今までい表現手法ですので、ぜひぜひ。(2000.4.2)
★2000年夏用(撮影地:根室本線厚床駅)
お値段はそのまま、11,500円。

コピー:「『早く着くこと』よりも、大切にしたいことのある人に。」

 久々に見ていて旅に出たくなる、すっきりとした感じのいい広告デザインです。思わずうちの嫁さんが「ポスターほしい」と言ってました(笑)
場所は根室本線、駅は厚床駅。若者が、広い大地ととっても大きな空の中で乗るべき列車を待っている、という光景です。誰もが一度は体験してみたい、共感してみたいという欲望に訴求する、というのが広告の原点。そのシンプルな点に訴えかけたという点だけでも私はうれしさを感じてしまいました。
 自分が主人公になったとき、広い大地、大きな空の下で、あなただったら何を感じるでしょうか?将来の希望と期待?自分の可能性への挑戦?ひょっとしたら自分の器の小ささ?それともまだ見ぬ人との偶然の出会い?
 もしあなたがそんなことも感じなくなってしまっている様だったら、たぶん時代の波に流されて、すさんだだけの人になってしまっているかも知れない。さあ、旅に出ましょうよ。
(2000.7.31)
★2000年冬用(撮影地:予讃線下灘駅)
お値段はそのまま、11500円。

キャッチフレーズ:「前略、僕は日本のどこかにいます」

 このコピー、私は「ディテスカバー・ジャパン」の山口百恵の「いい日旅立ち」の曲のひとフレーズを想像してしまいました。
 でね、ふと思ったんです。少し前までは、この写真や上の写真のような旅人がいっぱいいて、男と女の出逢いとかもあって。けど、今はぜんぜんみたいですね。きっかけをつかめない30をすぎた幻想を見ているような人がいっぱいいたり、女性が旅に出られなくなってしまった物理的(経済的)な事情があったりと、たとえば10年前と比べれば、状況はがらっと変わってしまっているはずです。
 今回のコピーというのは、取り方によるけどひょっとしたらどこかで女の子が引っかかってくれるような、偶然の出逢いがあるのじゃないかというオトコのはかない幻想、いや現状の裏返しのようなものを見せつけられている様な気がしました。まったく「受け身」なんだよね、だからオトコは見劣りするようになった、だからYHとかそのたぐいの宿に行っても、独身男性だけが目立つ、という現象が起きているのかも。
果たして幻想を抱いている張本人達は、旅に出て駅でこのポスターを見たとき、陽の当たる部分としてこの画像を自分に照らし合わせるのか、それとも現実ととらえ陰と気づくのか。少しこのコピーは、失敗作だったような気がしました。
★2001年春用(撮影地:日田彦山線 大鶴駅)
お値段はそのまま、11,500円。

キャッチフレーズ:「たまには道草ばっかりしてみる。」

北海道、四国、と渡り歩いてきたシリーズ、今回は九州会社に飛んで、日田彦山線の大鶴駅です。
前回までは自然と溶け込んだ、ひとりぼっちの旅人という風な捉え方でしたが、今回は必ずしもそうではないような設定だと思いました。シチュエーションこそ同じでしょうが、意図的に風景を意識させないような、よくみればそこに旅人が居る、っていう感じです。
さて、今回のコピーは「たまには道草ばっかりしてみる」です。
たまにはみなさんココロを切り替えて、異なる空間に旅してみましょうよ、とかいった感じでしょうか。けど前2作のような大きなスケールを感じさせないようなちょうど心地のいいポジションに今回のターゲットを据えた、と見た方がいいのかな。
「たまには道草」ですか。そんなココロの余裕を持てる旅行もたまにはしてみたい物です。けど今の世の中、効率化を求めるあまり、仕事とかに拘束される時間がうんと長くなったような気がします。それだけココロに余裕を持てるトラベラーが出来にくくなっているのだと現状思いますね。

毎度出てくる話?らしいですが、青春18きっぷ自体の存在がそろそろ危うくなってきた、という話をしばしば耳にします。発売枚数もハンパじゃないので廃止にしたらタダゴトでは済まないかとは思いますが、果たしてどうなる事やら。(2001.3.2)


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