
●第1節 旅の始まり〜鹿児島まで●
●始まりは「断念から」
それは「断念」という事実から始まりました。
就職も決まり、あとは卒業の思い出を何か1つ作らないと〜、ということで、私は欧州あたりに、バックパッキング旅行を企てていました。
すでに料金も払い終えて、両替も済ませ、旅立ちを待つだけと言うことで、パッキングをしながらいろいろと夢と期待をふくらませていたのでありました。
だか、その期待は、ほどなくして絶望へとたたき落とされる物となってしまったのでありました。
そう、湾岸戦争がついに開戦となってしまい、アメリカがイラクへと攻撃を開始。南回りで航空券を予約していた私は、家族の心配もあり、あえなく旅行を断念しないといけない事態へと追い込まれてしまったのでした。代金は、キャンセル料なしで払い戻ししてもらえることになったのですが、いかんせん卒論も出したし、バイトも長期休みにすることにしていたので、ぽっかりと時間があいてしまいました。
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| せっかく両替までしたのにすべてパア。 まったくもっていい迷惑です。けど今でも危ないん だよね・・・・(尾を引きずっている、ってこと) |
どうしよう。
どういっても仕方がありません、まずは使いようのない外国紙幣をすべてまた日本円に戻すことにして、すごすごと東海銀行の本店へ・・・・数日前に行ったばかりなのに、なんか恥ずかしかったです・・・・。
取ったばかりのパスポートもお蔵入り。結局このパスポートは数年後の社員旅行まで使うことなく、机の中で眠らせてしまう事になってしまったのでした(笑)
けどぽっかりと予定が空いてしまって。実は大学のサークルの仲間たちはみんなでグアムとかに行ってしまって、自分だけ一人でソロのロングツーリングを考えていたのでした。バイトもやめたし、残ったのは、未使用のフィルム(しかも奮発してコダクロームとか30本以上買い込んでしまって、けっこう財布に響いていたのだ(^^;)の山と、60リッターのザック。
仕方なく、というか、もうどーでもいいやというか、そんな感じでいろいろ考えたのですが、学生時代は北海道に行きまくっていたので、ここは南に下るしかない・・・・と単純に思って、ふらふらとある程度の予定を組んで、先島諸島あたりまで下ってしまおう、ということにしました。
中止の翌日には、南九州ワイド周遊券と、西鹿児島行きの「なは」のレガートシートの特急券を買っていたのでした(笑)
●レガートシートの一夜〜出水のツル
桑名から、亀山経由で環状線経由でそのときの始発駅、新大阪へ。以前「あかつき」のレガートシートには乗ったことはあったので、なはのレガートシートも今宵は慣れた椅子で過ごす一夜、ということで。
しかしあれだけの設備があるのにもったいないなー、というか、がーらがら。殆どお客さんが居ません。すでにこの時期には寝台特急は座席を連結しても、航空機との競争をするどころではないような状況に追い込まれていたのでありました。
けどそんなことはさておいて、やはし夜行の夜はいもんで、元食堂車改造の客車の3列シートの車両、滑るような走りで流れる光跡をお供に山陽路を一路九州に向けて走っていきます。ちなみに、私の一番好きな光景は、尾道あたりのカーブを町の灯りの中、大きな弧を描きながら進んでいく光景。夜行ならではのなかなかロマンチックな光景が広がるのです・・・
レガートシートは毛布に読書灯もついているので、旅の記録をまとめながら、ぼちぼち眠りに落ちていったのでした。毛布は据え付けではなく、車掌さんが持ってきてくれました。
翌日、レガートシートは熊本で切り落としなので、ここでハイパーサルーンの「有明」に乗り換え・・・・ようと思ったのですが、ここはどうしても一度見ておきたかった出水のツルを写真に収めておきたいと思って、普通列車と特急を乗り継いで水俣へ。
・・・が、ツルの見えるところは、田圃の真ん中だと言うことで、足のない私はタクシーで現場に向かいます。ツルセンターまで、片道2280円。うー、学生の貧乏旅行にタクシーは厳しいです(笑)1日これだけで過ごそう、とか決めていたわけではないのですが、最初からアベレージを上げる行為は、、、、と(笑)
帰りの時間も予約して、ツル見物。なんか散漫としていたのか、上がってみた写真を見てみると、これぞっ!というものがありません。まあ機材もツルを撮るにはなかなか足らない物だったし、立ち寄りの見物はこんなもんかという感じでそこそこで引き上げてきたのでした。ちなみにこの日、ツルは9959羽、だったそうです。
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| お静かに・・・・・・って、これだけツルが一斉に飛び立つと 結構迫力がある物です。 |
ツルって・・・ 「ゆうづる」とか、そういうツルならよく知っていたのですが、 生きているツルの種類に関しては、全然分かりませんでした(^^; |
再び出水駅に戻ると、そこからはハイパーサルーン「有明」で、一路西鹿児島へ。
フェリーは数日おきの運行なので日にちを合わせないといけません、けどある程度余裕がある旅だったので、私はとりあえず鹿児島観光も日程に入れておこうと言うことで、この日は鹿児島から対岸の桜島YHに宿を取ることにしました。24時間運航のフェリーは10分ほどで対岸のターミナルに到着。ターミナルから少し上がったところがきょうの宿です。YHとしては可もなく不可もなく、といったところでしょうか。
ちなみに温泉でも無く、食事もありきたりのもの。
そういえば韓国人の旅行者が「予約がない」ということで身振り手振りで宿泊を断られていました。
それだけが印象に残っていました。もうちょっと融通とかきかしてあげればよかったのになぁ〜、とも思ったりもしました。
今はどうなのかは知らないけれど・・・・
●いよいよ沖縄へ
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| なんでもまっかっかのJR九州。 定期観光もまっかっか・・・・・けどかっこいい。 |
毎日ご苦労様です(^^) |
翌日、当時の周遊券の特典と言うことで、JRバスの定期観光(桜島観光Bコース)に追加なしで乗せてもらうことが出来ました。いわゆるあやかり、っていうやつです(今は周遊券がないので、こういうテは使うことは出来ません。もっとも、周遊券で当時から乗ることの出来る定期観光路線というのは、皆無だった覚えがありました)
とりあえず鹿児島は通りすがり〜、っていう感じでも良かったので、定期観光でつぼを押さえたみどころめぐりをします。車窓からの物もありましたが、火山灰に埋もれてしまった鳥居とか、けっこうえげつない物も見ました。
3時間くらいで観光はおしまい。いろいろ土産屋とかにも寄ってくれるのですが、2日目で土産を買っていては後が思いやられます(笑)、ここは何も買わずに対岸の鹿児島へと戻ります。今回の旅行は、いったい一人旅、YHを使って一日いくらで過ごせるのかなあ、とかいう事を身を以て体験したかった、ということもあったりしたので・・・(笑)
#貧乏旅行のガイドブックによくあるような、「ヨーロッパ1日いくらで旅行しよう」とか、「YHを使って旅をして、1日いくらが目安」、というのはどれだけアテになるもんかいな、ということも疑念として?(笑)持っていたので・・・・・・・結果は、のちほど(^^;
一旦西鹿児島の駅まで戻って、西郷さんの像とか軽く見物。
ちなみに我が実家のある桑名とかこのあたりは、鹿児島の薩摩藩士のみなさんに水防工事でえらい世話になったらしいのですが、果たしてこちらの方はそのあたりの話はどれだけ知っているのかなあ、とおもっても見たり・・・・・
鹿児島の桟橋は二つに分かれていて、今日の夜の那覇行き「ぷりんせすおきなわ」は、鹿児島新港からの出航。
銅像めぐりから戻ってきても少し時間があったので、その日は風呂が無い夜だったこともあり、市内の「さつま湯」とかいう温泉銭湯に入ることとします。
銭湯なので貧乏旅行にはありがたい・・・けど、無茶熱いやんけ・・・・(笑)、ということでそこそこに入って出てきました。
| ここで 鹿児島市内 銅像コレクション〜♪(特に意味はありません) | |||
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| 若き薩摩の群像 | 西郷隆盛 | 大久保利通 | 五代友厚 |
| それぞれの方の業績は、各個でお調べください(笑) | |||
鹿児島新港に着いて、とりあえずどうしようかと思って、まずは石垣の方まで行くことにして石垣のYHを予約。八洲(やしま)旅館とトレックYH、どちらにしようかと迷ったけど、良くわかんなかったけど後者の方に何となくしてしまいました。
学割で乗船券を購入。よく聞いたら、琉球海運のYHパックは学割を使うと適用されないそうで。えーっ!と思ったのですが、今思えば運賃まけた上に飯代まで持てというのはおかしな話で。説明に納得していよいよ乗船時間となります。あらかじめ売店で食料を買い込んで、いよいよ出発。
鹿児島航路にはいろいろな物が乗っているようで、搭乗口の甲板にはなぜか牛様もご乗船なされていました(笑)
2月の平日と言うことで、2等船室は同じ卒業旅行とおぼしき若者のと、所用で往き来しているようなひとがぱらぱらと。そんな程度のかなりまたーりとした船内の状況でした。なにせ2等には11人しか乗って居ませんでした。
冬晴れと言うことで、鹿児島湾を出た頃に見えた開聞岳の夕日がきれい。
下の写真のように、薩摩半島に沈む夕日をひとりじめ?です。殆ど人が乗っていないのでアレなのですが、感傷に浸るにはけっこういいシチュエーション。なかなかよかったっすよ。
沖縄の地を踏むのは実は小学校の家族旅行以来で、自分の意志で気ままに旅するのは初めて。いよいよわくわく感で南への船旅は進んでいくのでした・・・・・・。夜は食堂にも行かず、シャワーも浴びず。ただ機材の手入れてとか、ノートつけとか。当時はパソコンなんてまだ全然普及していませんでしたし、パソコンを持ってアレコレとするような人なんていませんでした。その点から言えば、今とは隔世の感があります。
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| ホルスタイン様がご乗船されていました・・・・ | 「ぷりんせすおきなわ」からの落日。ちょうど 鹿児島湾を出たあたりでした。やっぱナマで見るのがええよ(^^) |
★次は[那覇経由〜石垣・竹富]