
●倉敷・岡山編●
☆断筆のわけ。
すっかり続きを書くのに時間がかかってしまいました(笑)
気が付いたら2年以上ほったらかしにしていました、はい(爆)
なんか乗り気がしなくて。気持ちを暖めるのにここまで時間がかかってしまいました。。。。
#要は前向きになかなかなれなかった、だらだら文章を綴るくらいだったら途中で止めて置こう、という判断だったのでした、はい(笑)
途中で止まったままサイトが閉鎖にならなくてよかったです(爆)
では、旅の続きを始めましょう。
●1991年3月4日(月、27日目)
この日は尾道を旅して倉敷までの道程です。
YHからバスで広島駅新幹線口へ。この時はまだアストラムラインはありませんでした(笑)
広島0912−(334M)−尾道1032/1704−(1754M)−倉敷。
115系でセノハチを越えます。この頃のセノハチは既にEF67に確か置き換わっていて、昼間の山越えだったのに見るべき物が全然無かった覚えがあります。
尾道駅で降ります。財布がさみしくなり駅前のキャッシュコーナーで5万降ろし補給します。あら、減ってるはずの残高が増えてる。ということはキャンセルした旅行のお金が全部戻ってきた、ということですね(笑)。
#その時は湾岸戦争だったんですが、15年経った今もイラクは揉め続けている訳です。皮肉ですね。
コインロッカーにバックパックをつめて、軽装で尾道の坂歩きを始めます。尾道を語るには素人なのであれこれ蘊蓄(うんちく)は書きませんが、素人な私が歩いても何かなつかしさを感じるお散歩をしているようでした。。。
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| 持光寺のうめ。気が付いたら梅の花咲く頃でした。 | 坂の途中の光景。数年後行ったらこの光景は 半分朽ち果てていました・・・・ |
千光寺公園からの眺め。見ていて飽きません。 ぼーっとしているのにはいいかもでした。 |
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| どこを撮っても絵になる町。そんな街でした。 | コメントなし(笑) | 迷ったけどこのポジション取りで撮った記憶のある1枚(笑) |
この日はまま気持ちのいいお散歩で終わるかと思ったら、坂の途中でズームレンズを落としてしまい、中のリングがどうも変形してしまったようです。。ついてないですねぇ。。。このレンズ、2回同様なことをやらかしたんですが。。レンズって、本体直すよりもお金がかかるんですよ。一眼始めた方、今時の一眼本体は電気的に故障しても基盤交換くらいで済んでしまいますが、光学系の損傷は非常に高くつきますのでレンズの落下には十分に気をつけましょう(涙)
尾道のおさんぽを終えて倉敷に向かいます。
だんだん1泊2食でYHに泊まるのも飽きてきたので、この日は1泊朝食でオーダーします。談話室で買って来たおにぎりとパックコーヒーで済ませます。こういう時に限って隣の食堂の飯が豪華に見えてしまう。。。いいのいいの、YHは飯が無くても泊まれるんだし、自分のスタイルに合わせて泊まるのがYHのいいところなんだから、、、、、(笑)
この日は既に大学生も高校生も卒業式済んでる連中が多いのでしょう、ほぼ満室でした。想像付くと思いますが、男性は少数派でした(笑)
●1991年3月5日(火、28日目)
この日も前日と同じく曇り。きょうは連泊して美観地区なんかをブラブラします。YHからは観光スポットの美観地区が近く、歩いて1日ぶらぶらして終わります。もっと素朴なもトコかと思ったんですが土産物屋だのタレントショップだのがあって、少しイメージから違っていたような気がしました。
この日は家に電話を書かけたら就職の決まっている会社から電話があったととのこと。まだ配属も決まっていないとかで。今だったらケイタイにかかってくるところですがまだ15年前は携帯なんてういろうくらいの大きさがあって10万円を越える保証料がいった時代だったのよ。。。(笑)
けどまあ来月からは社会人なんだなあ、と現実に引き戻されつつあるのも事実だったりしてね。。。。。
YHはまた1泊朝食で泊まります。こうしてお金をけちって行くんですけどね。今ならビジホに泊まってそれほど深くは考えずに済ましてしまうのがご時世なんですがね。
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| 美観地区喫茶「エル・グレコ」 | 美観地区。平日でも昼間は結構な人になってました。 これは平日朝の人気のない時間。 |
倉敷YH1991.3.5宿泊のご一行様です。 15年後ここで見かけた方、ご一報を(笑) |
この日まで使ったお金、28日で21万0667円。1日当たり7523円。
この頃、少し前のYHのガイドブックにはもうちょっと安い値段がYHの旅行の適正価格みたいなことが書いてあったような気がします。けどこんなもんなのかな、今なら多分1万円くらいなんだろうし。
夜に明日は岡山(青年会館YH)、明後日は京都の宇多野に予約をいれて行程を確定することとしました。
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●1991年3月6日(水、29日目)
市民会館バス停−(下電バス)−鷲羽山−(同バス)−児島−(JR)−岡山−(徒歩)−岡山県青年会館YH。
荷物を背負ってまたタビビトとなります。YHから倉敷駅まで荷物を送ってもよかったんですが、観光してぐるっと回って行こうと思ったんで背負って行きます。
バス停を見失っていきなり30分バス停でタイムロス(爆)。次に来たバスで鷲羽山に向かいます。朝方霧がかかっていましたが時間が経つにしたがってだんだんと晴れて来ます。
終点に近づくと瀬戸大橋が見えて来ます。道により沿うのは下津井電鉄の廃線跡。既に架線は無く、途中の駅には打ち捨てられた「赤いクレパス号」が無残な姿を見せていました。
#下津井電鉄そのものは、瀬戸大橋博のあと、鉄道営業を廃止してバス専業となっています。
終点につきます。少し登って、山上へ。天気がいいです。霧の晴れるの日向ぼっこをしながら待ちます。
売店でネガを1本買って来ます。多分転居するだろうからポストカードのネタにするためにネガ撮りするため。。今でこそポストカードは家庭用インクジェットプリンタでホイホイ刷れますが、15年前はネガでポストカードを作るか、印刷で作るしか無かったのです。この時間の流れは大きい物がありますね。。。。
とりあえずネタの写真を撮って、レストハウスでカレーを食べて山を下ります。倉敷は結構観光客がいたけど鷲羽山、児島あたりは閑散でしたね。下電が走れなくなったのもなんとなく分かるような気がしました。
児島からはマリンライナーで岡山へ。青いラインの213系。普段213−5000の関西線に乗っていますが、やはり瀬戸大橋線の213系はちょっといい感じがします。
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| 鷲羽山山頂から見た瀬戸大橋。 | ぼーっと行き交う船を見るのも一人旅の 贅沢な時間だったり。。。 |
静かな瀬戸内に浮かぶ小島。。。。 |
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| もう梅の季節も終わりでした。岡山後楽園。 | 黒字経営のお手本、岡山電気軌道。 最近は経営難の私鉄のお助けやってますね(笑) |
?(笑) |
岡山駅からは徒歩でアーケードを歩きながらYHへ向かいます。
4時過ぎに着いちゃって、早目のチェックインでごろごろ。。。。。
この頃の旅、なんか足りない物を感じていました。
ただ帰りはトレースしているような気がして。南の島の時はあれこれと人とお話ししたり、ふれあいがあったりしたものですが、この頃は人とも話さずロンリージャーニー状態だったような気がします。今思えば南の島からとっとかえって来てしまったほうが良かったのかも知れません。
南には思い出深い旅だったけど、なんか足りない物もあった。まあそんな経験もその後には生きて行く訳ですけどね。。。(笑)
話を元に戻して。
岡山のYHは大きな和式の建物。
2階に入ると前転が何回転出来るかというくらいの広さです(笑)
ここ数日泊まるだけのYHだったけど、久しぶりに多くの人と話します。何を話したのか良く分からないけど、ここでガス抜きをしたような記録が残っています(笑)
夜はまた飯抜き。この日はエクレア5個で夕ごはんを済ました記録があります。そういう日に限って宿で出たご飯がゴージャスだったりする。。。。(爆)
夜はパネルを使った観光案内。けどなんか流して聞いていたな。そこそこに大広間で寝ます。
そういえば今回の旅の目的は旅をしながら写真を撮り歩くことでした。
バックパックの中身の半分は機材で、フィルムが50本くらいあったな。全部コダクロームで。当時確実に残すにはコダクロームで撮るのがセオリーで。その対抗馬として出て来たのがフジクロームベルビアで。けど当時は保存性に関してはコダクロームの方が優れているとされ、自分もそれにのっとってKRを買って旅に出たのですが。
けど10数年経って。当時そのころ撮ったポジを見比べて見ると、ベルビアの方がいい感じで残ってる(笑)10年後のことなんてメーカーの詠うようにはならないもんだなと。。。
そして今は35ミリ程度の用途であれば一眼デジカメで済んでしまう時代に。ノートパソコンとデジタルカメラと回線が確保出来ればだれもが気の赴くままに旅の光景を表現出来る時代になるなんて。当時であればYHや旅のサークルで会報とかの紙の媒体で表現するのが関の山でしたから、随分と変わった物ですよね。。。。
大広間で一緒に泊まった人の中にカメラマンの人がいたという記録を残しています。そういえばコダックのクーラーバックを持っていたな。自分もそれなりの機材を持っていたんで岡山のその夜は話が弾んだのですが、その1年後に自分は写真の世界に転職してそう言う世界に浸りそして今に至るとも思っても見ませんでした、はい(笑)
そんなこんなを思い出しながら、旅は明日の記録へと続きます。