さて次の旅行記は、初夏に地の果て知床へ行ったお話です。
★「ひょんなことから」と後から湧いてきた「理由付け」
一昨年函館、昨年は釧路道東まわり、と10年以上のブランクを空けての北海道旅行を再開してきました。
自分もそろそろ人生も過去の振り返りとかそんなことが出来る年になってきましてね。旅の目的も出会いとか新たなる知見とかそういうものからなんか昔のことを思い出してみたい、思い出探訪とかそういう事をしたい方向に向かいつつあるのかなと思うようになりまして。
そんな意味合いで色んな行きたいところとかあるんです。年齢を重ねて、思い出の場所にいって、気持ちの整理というか区切りをつけてくる。そんなことを本能的にやり始めたのかな、、、という自分。たまたまそれが北海道という所だったのかな。
多感な頃に通った場所がそこだったので、振り返りの場所もそこ。まあそんなもんなんでしょう、人それぞれかな(笑)
で。今年の年1回の大きな旅行は「知床」にしました。
理由は、昨年うちの嫁様が職場旅行の企画で10月の知床3泊4日、というのがあったようで、迷わず飛びついていろいろと準備をしていたんです。(まあ10月になんもないウトロ界隈にほぼ無知識の女子軍団を現地3泊で押し込んでしまう?出入り業者も業者だなぁと自分としては半分疑問視な感もぬぐえなかったんだけど(笑))
ところが一緒に行くことにしていた職場同僚が新型コロナ陽性になってしまって泣く泣くキャンセルすることになってしまって。
(幸いにもお金は感染本人じゃなかったけどお金は100%戻ってきたらしいですが)
春ころだったかなぁ、まだ(彼女が)悶々としていたので「私プロデュースで行きますか?」の一声に乗ってくれたので、夏前に行く、というプランを決行することにしました。
夏は会社の繁忙期だし、後ろに延ばすとどうなってるかわからない現場仕事だし、彼女の職場も若い子にに長期休暇を取らせてやると取れるところは案外限られてしまうらしく。
北海道旅行というのは観光のベストシーズンは緑が映えて客も少ない、気候の安定している夏前が一番いいと思っているのでそこしかないよね、という自然の成り行きで6月、ということにしました。
彼女にとっては念願の初しれとこ。自分にとっては20代前半以来の現地滞在(10数年前に通過したことはあるけど、あくまで通過)となる旅行計画です。昨年の釧路方面は嫁様の勤続表彰のゲタがあったけど、今回はしっかり旅行貯金を毎月積み上げていたので問題もなく。4月ころに大まかな手配はしてあとは細かい所を詰めて行きましょう、という事にしました。
(知床あたりに35年ほど前に行った時の写真を引っ張り出してきました。マウントの書き込みを見ると1990年9月とある。)
さて、表題のこと。「後から湧いてきた理由付け」というのは、
「35年も行っていないので昔の旅の思い出の場所はあちらこちらどうなっているのか、という事を再確認して見たいという」思いが徐々に湧いてきましてね。網走界隈は25年、知床ウトロ界隈は35年位訪ねてないのです。(行ってたのは記録を辿ると1989.90.91年あたりとある)
このあたり、実は自分の「なんちゃって旅人人生最大のハイライト」的な部分もありまして、その過去の思い出の部分が年月を重ねてどうなってしまっているのか今回の旅で確かめてみたい、という気持ちが段々と湧いてきました。
※このあと自分は富良野方面に数年通う事になるのですが、そのプロセスの中に知床でのきっかけ、みたいなものがあるのです。それはこのあと書いて行きます。
(当時付けていた旅日記というかノート。付け始めて2冊目。ここに35年位前の旅行の記録があります。時は過ぎ、35年経って11冊目になりました(笑))
この界隈、何個か今でも忘れられい思い出があるのですが(それはこの後続きを書いて行く中で明らかにします)さすがに35年も経つと色々な事が変わっていて、頭の中も記憶があいまいになっていたりして。下手をすると数年分記憶がこんがらがって脳内物語を作ってしまっているかもしれない。旅ノートはつけているんだけど当時の記憶などは素手の忘却の彼方に行ってしまっていて、やはり現地に行って焼き直しというか記憶の再確認をしたい、という自分としての目的が湧いてきました。
予約活動をして2か月くらい旅の人になるまで時間があったので、その間過去の思い出とか今確かめておきたいことを考えながら気持ちを温めることにしました・・・・・
#旅の記録というのはつまらんことでも些細な事でもあとで思い出すときに貴重な資料になります。こうして記事にもすることが出来るので紙の記録は作っておきましょう(^_^)
つづく。