知床へ(8)岩尾別にやってきた その1

(羅臼岳を見て、知床横断道路分岐。左に曲がればいよいよ地の果てへ。)

☆旅行日 2025-6-13

写真の場所で国道を左に折れ、いよいよ知床の奥地へ。
知床自然センター、昔来た時はこんな施設なんかなかったはず・・・・あれ、中にはモンベルの店まであるぞ。最近のモンベルは御在所岳の上にあったり浜小清水の道の駅にあったり・・・なんか違和感があるな(笑)。まあそれは横に置いといて、国道を折れて道道の坂を下っていきます。大昔来た時はここはダートだったような気がしたのですが、気のせいかな、もう覚えがない。なにせ来たのは35年ぶりで記憶があいまいで。


ここまで来るともう人の住む場所ではありません、人の気配は助手席に乗ってる嫁様だけ。今回の目的はその助手席の方の旅欲求を満足させるためなんだけど、もうバレバレですが裏目的の要素たっぷりのシナリオで進行してる。(笑)

消えそうな記憶の焼き直しをしようとしてる自分。「本来の目的<裏目的」にならないようにご機嫌を伺いつつ?、坂を下り切った所で車を停めました。

(イワウベツ川に架かる橋と左は元岩尾別YH、奥の山は羅臼岳)

(懐かしの元岩尾別ユースホステルです。建物は健在です。2025-6-13撮影)

昔の記憶のまま、変わってない光景。あの昔みた橋と川と建物が見えて。

ここは思い出の地、岩尾別。

昔の思い出の焼き直しにはそうは時間は要らない、10分か15分ほど彼女には車の中で待って貰いました。

ここにはいろいろな思い出などがあります。
まず・・・・2つ前の記事で書いたヒッチハイカーの親子を300キロ連れて、想定外の旅の一日の終わりがここだったこと。こんな所にこんな宿があるのだなと初めて知ったこと。ひょっとしなくても自分が最初に見た「ユースホステル」というのがココだったことになる。当時は何もそんなこと思いもしなかったけど、場所としては強烈すぎるということか。電話はあるが電気もない(自家発電)ところ(電話は電話線に加圧があり古い電話機なら電気は要らない)、周りは熊が出るような所だし。

北海道のこの手の強烈な場所と言ったら礼文島とここあたりが筆頭になると思うんだけど、自分も岩尾別泊の数日前は礼文島だった。その年は桃岩はがけ崩れで宿が開けなくて礼文YHだった。桃岩荘に行けたのはその5年後のに雪辱を晴らすべく、きょう助手席に乗せている当時独身の嫁様を引き連れて行った。あれは29年前の話だ。彼女の北海道初日の宿は桃岩荘だった。そして今日岩尾別の地までついてきてくれたのよ。なんか奇遇?必然?そんな気さえしちゃう。

もとい。翌年(1990年)YHの会員証を取って北海道を一通り1か月かけて回って。その時はここに泊まらないと!という事でここには泊まった。その時が最初だったかな、宿で夜な夜な知り合って、翌日一緒に色々な所を回って、という事をしたのは。泊まって、知床五胡に行って、カムイワッカの滝登りをして、乙女の涙にも行って、岬の先まで肝試しで歩いて行って、最後ウトロのバスターミナルでバイバイしたの。男女2対2だったのでいい雰囲気だったのよね(笑)(その後は何ともなかったけど)最後は女の子がわんわん泣いちゃってちょっと来ることがありましたなぁ、、、みたいなの。そんな思い出がふたつめ。

(1990-9-4撮影の、岩尾別ユース前の海岸の夕暮れ。写真が残ってましたので。今はここは入る事が難しいので、思い出のカットという事で。)

ここ(YH)はチェックインしたら夕方に浜までみんなで歩いて行って海に沈む夕日を見に行ったり、夜は岩尾別温泉の無料の露天風呂にみんなで入りに行ったりとか、ここに泊まって早朝出発の羅臼岳弾丸日帰り登山とか、宿が取次でウトロ発のネイチャーウォッチングボート(昔ボンズホームがやっていたやつ。いまはやってないそうですが。) なんか旅友達が作れるかなみたいな仕掛けがあった所。否が応でも雰囲気盛り上がるかな?
僕は何ともなかったけど、なんかいいことあった人はきっといるはず・・・いい思いをした方、機会がありましたらこっそり教えてください(^^)

三つ目の思い出、というか想い出じゃないんだけど記しておきたい話があるのですが、それは次回にします。最近のTVの寸止めコマーシャルじゃありませんが、次回という事で(笑)

つづく