☆旅行日 2025-6-13
話の続きです。
三つ目の思い出というか、岩尾別にタグが付いた話をします。
ここからはこのページが絡んだ話になるので、できれば横に1ページ開くかタブを開けておいてください。
(上のリンクをクリック)
======ここらは時間が3か月ほどバックします。=======
今年の3月上旬の事、上のリンクのページの件で僕は関西某所を訪れていました。彼女(以下お星さまと書きます)の家でお星さまの過去のアルバムとかを見せて貰ってました。
北の大地を旅していた時の写真がいっぱい出てきました。本来はそれは滅失してしまったとかきょうの会の前に伺っていて、だけど押し入れの奥に実はあって、行ったらテーブルの上にサルベージされたソレがあって。
(本来はそのあたりの写真が無いのでもしあったらお星さまと皆さんが交流していた時の写真を持ってきてほしい、というリクエストだったんだけど(笑))
その中で、今はお星さまな方が北海道を(多分一人で)旅している時の写真がそこそこの量出て来たのです。
その日自分の旅仲間で来ていたのは僕ともう一人北海道のユースとか旅人宿なんかに詳しい人だけで、二人でアルバムを見ながら「ああここ」「こんな宿にも泊まって旅をしていたのか」というふうにアルバムを眺めていたんだけど、ある1枚をみてお互い「おっ!」という話になり。
「これって羅臼岳の山頂だよね・・・・じゃあ、岩尾別(ユース)か?!」
お互いの認識は一致しました(笑) 多分岩尾別YHの日帰り弾丸登山に参加して、その時の写真だろう、岩尾別かぁ!という会話になりました。それはふたりともここを通っていったからわかる話なので。(自分は体力のない人間だったので山には登ってません(笑))
羅臼岳に旅人さんのような半軽装で登ろうとすると、当時は岩尾別ユースを早朝に出て、5時間位かけて?昼に山頂に到達してその後下りてきて連泊、というのがお決まりのコースだったと記憶しています。ユースの夜の会でもネイチャーウォッチングボートに行く人、羅臼岳ツアーに参加したい人、とか数を取っていた記憶がありましたし。正確な話は分からないけど多分そうだろうな、という話をきょう(今回の旅の前)の3か月ほど前に交わしていたのでした。
そして僕は写真の日付けを見ていました。1994年の8月末頃の日付けが写し込まれている。
ああそういう事か。なんか「記録と記憶が繋がった瞬間」を感じました。
30年前に(3月に訪れた親御さんの)居宅で聞いて書き留めていた話、そして3月に偶然にも貰った一冊の本(親御さんの書いた薄い本)を頂いて、そこに書かれていたこと。
(オブラートに包むむようにモノクロで。親御さんが書いたその薄い本。)
彼女はいろいろ仕事等疲れ果てちゃって、仕事を辞めて旅に出て、南の島に行き、次は車で北の大地を回っていたようで。
書物によるとそれ以前からユースの会員証を取ってその系の旅はしていたのかな、という感じの人だったよう。
道東などを回って~岩尾別あたりを通って道内のとあるとほ宿に長期滞在していて、そこで自分達と面識を持ったというストーリー。それがその写真の僅か半月後(9月中旬)だったという話。(余談だけどヘルパーだと思っていたけど半ホスパー(お金を払って泊まっているのにヘルパーみたいな事をやっているホステラーとヘルパーの間になっている人を「ホスパー」と昔からいってる(笑))状態だったらしい。)
他方、自分は2度目に訪れたウトロの街の某土産屋でちょっとお手伝いをして、そのギャラで「とほ」を貰ってそこでYH以外にもおんなじようなユース民宿があるのを初めて知り、その宿に泊まってお星さまの事を知ることになる。
(その話はこの後に回を設けて書くことにします。)
自分その頃はどこでも写真パチパチな人で(ネットも携帯電話もない時代、一眼レフカメラやっていたらそこそこ仲間内ではポジションがあった時代)、当然彼女も写真にそれなりにうつっていたんだけど、写真にしていみるとなんか違う感じを受けるな、と思って(そういうのは写真をやっていないと「なんか雰囲気違う」というのはわからないもの。彼女はそんな人。)
その後2回くらいみんなで飲み会とかやってその人とはお互い「あ、あの時の〇〇さん!」という面識を持って。彼女の方が2回目にあった時僕のことをしっかり覚えていたような記憶がある。普通ヘルパーとかだと1日それなりの数の客が来るからたった1泊2泊した客の事なんて覚えてないだろう、けど違ってたみたい。そして住所交換して写真送ってあげた記憶があるの。
その頃は男女の分け隔てなくみんな大人数で交流していたんだけど、その期間はわずか半年くらいであっけなく幕引きになってしまって。(くれぐれも僕の彼女でも何でもない人ですヨ)
それだけの話なのですが・・・・・人としての印象と幕引きが強烈すぎたため、多分引きずっている、、、、はい。
========そして時間が戻ります・・・============
(右が羅臼岳。元ユースの前から。2025-6-13)
それから(岩尾別ではなく道内某所で出会った話から)30年経って、写真再発見みたいな上のような話になって(そんな話が出てきたか、という言い方が正しい?)、そしてきょう運良くこの地を訪れて約35年経ってそんな話をもって、ここ岩尾別に来てしまった・・・・。勝手に発生した思っている宿題の清算に来たような感じの自分。
ここに来れたのはたまたま偶然というか別のファクタ(嫁様がどうしても知床!と数年言っていたので願いをかなえてあげた)があって来れた話なんだけど、それも奇遇というか意味のある偶然の何とかというか。
ここでそのお星さまと出会ったわけではないのです。ただ自分の旅人生でタグが付いていてそのいくつかがここだったという話なのです。お星さまと共通のタグが付いていたうちのひとつはここ岩尾別だったという事。ただそれだけなんだけど。
不思議なんだよね、この記事を書き始めて、これまでに書かれたこと、今ここにいる事のすべてこのあたりですべて交わってる。何かの不思議?偶然それとも事実?言葉で言えばシンクロニシティという単語で表せるのかな。
そんなこんなの話で、話の棚卸は済んだのかな。書いて随分気が軽くなりました。30年経った話で区切りを付けようと思ったらまた違う話が出て来て、そして北の大地に来てもう一区切りつける話?になってしまった。
この手の話はモヤモヤ燻っているよりは現地に行ってスッキリさせた方がいいのでしょう。誰にでもそういう話は(旅の思い出にかかわらず)あるものだと思います。年を重ねていくとこれからそういう焼き直し系の旅をしたり、そういう事をすることが多くなっていくのでしょう。それはそれでいいと思ってます。いつまでやれるのかはわからないけど・・・。
さてさて。思い出話はここで終わり。上の写真の坂を上っていくと数分で知床五湖です。
知床五湖は知床の旅のハイライトの一つ。自分も何回目だろう?片手に収まる回数だけど訪れるのは(くどいようだけど)35年位前の話です。どうなっているのかな。隣にはおはじめサンが乗っているのですが、あまり先輩ぶらずに抑え気味で?車を再び進めます。
つづく。