知床へ(15) 観光船で知床岬へ(その1)

(やってきました観光船「おーろら」。初便の硫黄山折り返し便の次が我らの便です。)

☆旅行日 2025-6-14

今回のお題は「知床観光船知床岬コース」です。

オロンコ岩の岩登りで時間調整をして、観光船の待合所でチェックインをします。

天候は曇りで、たまにパラパラ雨?みたいな天気。けど風が無く海はベタ凪で運航は全く問題なさそう。予約はオンラインでしましたがお客さんの数は予約しなくても大丈夫なくらいでした(6月半ばの話です)。

(ちなみに決済は現地決済でWeb予約は枠確保のみです)

(観光船「おーろら」の受付&待合所。)

乗船券は今はサーマルペーパーなんですね、、、昔は印刷の券片が残って旅の想い出にもなったのですが、いまは(航空券なんかも同じですが)ただのサーマル紙ですな・・・まあそれでも取っておけば旅の想い出、ということで。

運航ダイヤは我々の乗る便の前に朝早い時間に硫黄山折り返しがあって。ホテルに泊まって判ったのですが、宿の朝ごはんの時間って観光船に乗るためにホテルの朝食の初回の時間は早いんですね・・・・早飯を喰って、観光船に乗って遊覧して、そして観光バスに乗って各地に旅立ってゆく、というルーチンなのを初めて知ります。我々が乗り場に来る前にすでに観光バスがとまっていて、降りてくる乗客を待ってました。

(ゴジラ岩観光の「カムイワッカ88」号。小型船はライフジャケット着用です。)

我々が乗り込むとのほぼ同じ時間に小型船のゴジラ岩観光の船が出航していきました。 同じような時間に出て行くのですが、色々調べていくと単独では(安全の確保のため)観光船は運航はしないようなスタイルになっているようですね。数年前の事故の影響もあるのでしょう、小型船の部類の船は全員ライフジャケット着用で、運行前に拡声器を使って安全運航のためのレクチャーをやっているのが結構距離のある我々の船まではっきり聞こえていました。我々の大型観光船は安全性の担保があるという事なのでしょう、特に何もありませんでした。 

船に乗り込みいよいよ出航。天候は朝のオロンコ岩登りの頃は曇天でなんかパラパラきた?みたいな天気だったんだけけど、港を出たら薄曇りに変わったりとか晴れたりとか、結構目まぐるしく変わります。ここが道東観光地の果ての服装準備の泣き所で、今回も薄手のジャンパーを持って乗船をしましたが、結果正解だったようです。

(行きの乗客の皆さん。外に出て岬まで写真パチパチが続きます。)

行きはみなさん案内音声があるので外に出てお写真タイムです。船員さんは見張りをしながら、双眼鏡でイルカとか鹿とか熊とか居ないか先回りで探して~見つけ次第放送で乗客に知らせてくれるスタイル。小型船は陸地に近づいてくれるとか言うのはセールポイントにあるのですが、実際には海岸には定置網が仕掛けてある場所が結構多く、どこでも岸に近づいてくれるというわけではなさそう。観光よりも漁業者の生活の方が優先なのは言うまでもない話で、ほどほどの距離で海を行く大型船の方が自分には合っていると感じた次第です。(あと天候気候の安定性に欠ける場所柄もありますし・・・・)

(硫黄山を遠目に眺めて、いよいよ知床岬へ・・・)

上の写真はルシャ湾に差し掛かった所。遠くには硫黄山。このあたりから気候が変わってきました。このあたりが知床半島で一番標高の低い所で、風の通り道になるため風が強くなり、少し寒くなります。ジャンパーを持ってきて良かったの話です。この先は小型船だと運航期間も短く設定されていたり、運航条件(風速、波高)がかの事件後厳しくなったので岬まで行こうとすると大型船の選択が適切、という事が多くなるのでないかと思います。運行情報はホテルのフロントとか道の駅に掲示してあったり、オシンコシンの売店にも貼ってありましたね。

このあたり。かの小型遊覧船の遭難時、携帯電話が通じるだの通じないだのとマスコミなどが騒ぎ立てましたが、自分の持っていた携帯電話は知床岬の突端付近まで4Gで問題なく通信が出来ました(ソフトバンク)。船の外のデッキにいたので海面から高さもあったし見通しも良かったし。

知床五湖まで携帯の基地局が来ていたり、海上伝搬で電波が遠くまで行き届いて居たりとか見通しが効いているせいもあるのでしょう。ただまあ遭難事故のあった崖下のような(超短波では)見通しの効かない場所、小型船においては海面から携帯電話のような機器でアンテナ内蔵で給電点が低い条件ならそりゃ届かんわな、という話だろうと(電波伝搬に知識があれば)容易に想像は出来ると思います。また違法ですが簡単に高出力の出せるアマ無線機を搭載してそれを担保にしていたという安易な考え方に至っていたというのもわからんわけではないのですが、長年やってる無線愛好家としては全くの迷惑な話でね。

人災という部分が大きいのですが、保安機器を装備して、ちゃんとマリンVHF等を搭載して適切に運用していれば、というタラレバを思いながらこのあたりを通り過ぎて行ったのでした。

ここまで来て時間はウトロから1時間15分位かな。ここから30分弱で知床岬です。ルシャまでは通行止めだけど林道が来ていて、コロナ禍の頃のテレビの再放送(NHK)で、ユネスコの関係者が番屋の傍らの橋を撤去しろだのなんだろとイチャモンをつけていた場面が流されていたのを今でも思い出します。結果としていまでも残っているんですが、ユネスコの言ってる通りに何でも従っちゃうのもなぁ、とか思い出しながら現地を通過して見てました(そんなことをいまだに覚えている自分もなんか変?(笑))。

つづく。