●プロローグ

南紀地区、熊野周辺の地図を広げていただきたい。
尾鷲と熊野の間、険しい山と入り組んだ海岸線が続くこのあたり。言わずもがなここは昔から交通の難所で、紀勢本線も昭和30年代、この区間が最後につながって全通したほどの区間である。

地図を見て見よう。

この区間を通り抜けるには、幹線国道の42号線を通り、矢ノ川(やのこ)峠、佐田坂の急坂を駆け抜ける、またはJR紀勢本線の列車、または名古屋・松阪から熊野・新宮・勝浦温泉へと走る三重交通の南紀特急バスのどれかがスタンダードなチョイスとなる(このほか尾鷲市坂場〜池原ダムを経由する国道425号線もあるが、狭路で落石も多く、編者としてはお勧めしない)。

そしてここで取り上げる「国道311号線」に興味をもった方は少なからずいるはずだ。近年やっとこのルートの通り抜けができるようになり、新たなバイパスルートができたとお思いの方もいるであろう。
しかし、地図をみて早計な判断をしてなならない。

ここにも立派な通行制限が存在するのである。

「全長8メートル以上の車両通行不能」なのである。
(実際は、全長8メートル、高さ制限3.3mである)

恐らくその文字だけでフフン、と感じたかもしれない。だが、実際は高度な運転技量と心の余裕がないと走り抜けることはできない難関ルートなのである。
我々取材班はここを実際に走り抜け、余す事なくその実態と魅力に迫ることにした。(特別取材班)

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●唐突なカウンターパンチ「甫母地区8メートル以上の車両通行不能」

2004年5月4日。
ゴールデンウィークのさなか、特別取材チーム(※)は三重県熊野市にいた。この連休、天気は後半芳しくなく、雨が止まない行楽には不向きな日となってしまった。しかしながら少ない連休を遠方で過ごそうという車は多く、午後ともなれば上り名古屋方面はこのあたりでもしばしのろのろ運転になるほどであった。

※特別取材チーム=我が家一家(ヨメ様、子供、の計3名(笑))

熊野市街から北へ、鬼ヶ城トンネルを抜けると大泊の交差点となる。ここから311号線の長い旅路が始まるのである。

国道42号線と311号の分岐。これは下り方からなので
右に行けば311号に曲がります、の図。
波高い大泊海岸の光景。見えにくいですが
サーフィンしている方が数名見えました・・。



42号を右に曲がり、坂を下ってルートに入ると「この先18キロ甫母(ほぼ)地内 全長8メートル以上の車両は通行不能」と書かれた大きな看板が道路上に現れる。
一体この看板は何を示すのだろう。8メートルと言えば乗用車やワゴン車、普通乗用車であれば問題なく通れる。この程度の看板が一体どうしてあるのだろうか。興味は増すばかりである。この真相は後ほど明らかにしよう(笑)

大泊の集落を過ぎると高度を稼ぐ。右手には熊野灘/太平洋が広がる。ぼーっと運転しているとそのまま海につっこんでしまうので注意されたい(笑)。この日は低気圧・前線の通過と言うことで波が高く、大きな白波が岸へと打ち付けていた。そんな中でもサーフィンを楽しむ若者が数名いるのが見られたが・・・・あまりおすすめするような光景ではないとも思うのだが(^^)。
道路は改良区間と未改良区間が入り交じった構成になっていて、広くなったり狭くなったりを繰り返しながら行程を進めていくことになる。沿線も熊野古道への整備が進んでおり、まず大吹峠の看板から古道への誘いを受けることとなる。実際の所この311号区間はバスの本数が1日とぎれとぎれに2、3本とかしかなく、紀勢本線の普通列車が1日10往復(土曜にもう1往復あり)、JRの特急南紀が5−6往復、その他42号を南紀特急バスが走る、という交通になっており、熊野市駅などからタクシーとを組み合わせたり、JRの特急臨時停車などとを組み合わせる、またはハイキングツアーバスなどを組み合わせて古道ハイクを楽しむこととなることを記しておきたい。
(詳細は各自で確認してくださいね(笑))

最初はこのような道や2車線道路から
スタート。これは大泊地内にて。
熊野古道の看板は世界遺産指定に向け
ほぼ完璧に整備されています。大吹峠。
これがその看板です・・・・・。謎に迫ろう。



大吹峠を回り込むようにしてパスすると、JR波田須駅の上の方に出てくる。ここはJRのワイドビュー南紀の走行写真のロケハン場所でもあり、ここの写真はよく鉄道雑誌やJRのパンフレットにも出てくる場所である。波田須の集落を抜けて、次は新鹿へとなるのであるが、ここに「甫本トンネル」という長いトンネルがあり、ここに「高さ3.3メートル」の制限が存在する。まあ3.3の車高をもつ車と言ったらよほど大きな車でないとないから、あまり心配するほどのものではないであろう。

トンネルを抜けると少し走って新鹿(あたしか)地区に出る。視界が開け、広い砂浜と多くの人家が目線に飛び込んでくる。目の前に広がるのは有名な「新鹿海水浴場」である。この地域一帯は外海に面していて、海水浴場は新鹿、三木里、大泊など実際の所海水浴場として楽しめる海岸は少ないのが現実なのである。その中でも新鹿は数少ない砂浜の海水浴場で、JRの特急も夏には臨時停車するなど多くの行楽客を集める場所でもある。しかし、雨のオフシーズン。浜には誰もおらず、観光客などは皆無であった・・。

だーれもいないうみ♪ の新鹿海水浴場。
夏にくるとものすごくいいところですよ(経験談)
ここで自信のない人は左へ折れて42号線へ。



●いよいよ核心の区間へ

新鹿の町の中で「左国道42号」の看板を目にする。ここで運転に自信のない人は左へ折れて、42号にエスケープすることをおすすめしたい。ここを過ぎると賀田の集落まで分岐する道路が無くなってしまうからである。まあどっちに行っても峠越えをしないといけないのでトラックがいるかいないか、また2車線であるかないかの違いでもあるのだが・・・・・・。
熊野古道・逢神坂・二木島峠の看板を横目に、線形のよい二木島トンネルを一気に抜け、二木島の集落への分岐をパスして高台の橋の区間を通り一気に通り過ぎていく。ちなみに少し止まって眼下に目をやると、JRの二木島駅を俯瞰することが出来る。私が見たときには列車を待つ子供たちの小集団が遊ぶ光景を見ることができた。私も以前こちらの方面に子供のころ数年住んでいた事もあり、在りし日の光景を思い浮かべてしまった・・・。

沿道全般にわたってこの看板は
よくみかけます・・・・・・。
二木島への道。まだこの位は序の口かも 高台の道で二木島はパス。下は紀勢本線
二木島駅です・・・・。のんびりした光景♪



さて、いよいよ核心の区間へ入ることとする。

看板の意味は何なのか。ここで明らかになる。

(つづく)


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