館長のお出かけ日記

館長の旅行記とか遊びに行った時の記録を書いています。記事一覧はサイトの一番下からどうぞ。

  • 35年ぶりの奈良観光(3)

    ★旅行日:2026-2-11

    さてさて続き。
    ミ・ナーラでの金魚鑑賞?を終えて、次はお寺巡り。バスでまず近鉄の奈良駅に行きます。

    (祝日には国旗を掲揚して走る奈良交通バス)

    近鉄奈良駅前ですが気付いたこと。写真の奈良交通のバス、訪問当日は祭日だったのですがちゃんとバスに「国旗」を掲揚してましたね。えらい。
    昔は近鉄電車とか祭日には全車両に国旗を掲揚していたりしたものですが、最近はほとんど見なくなったような気がしますね。個人的な意見としましてはこの慣習はぜひとも続けていただきたいものです(^^)

    (近鉄奈良駅前で外国人観光客と戯れる鹿)

    奈良の駅前には鹿がいます。最近は大阪市内でもこの鹿が遠征?しているようニュースにもなっちゃいましたが、ひょっとしたら近鉄電車に乗って大阪まで行った・・・・わけないか。(笑)
    去年知床行った時に鹿が見れたらたいそう珍しいものだと思ってしまってましたが、2000円電車代払って隣県奈良まで行ったら鹿は街中で見られる・・・ということか。北海道では鹿と車が激突してヘタすりゃ車の方が廃車の憂き目、ということがたまにあるようですが、奈良ではきちんと共存してる。この違いはなんだろなと考えちゃったりしますが、多分考えるベースが違うと思うのでこれ以上は語らないようにしたいと思います(謎

    奈良の市内観光は京都と違ってスケールが小さいので1日あればライトに回れてしまうのかな。今回は駅から興福寺~春日大社~二月堂~大仏殿~という順序で歩いて回ります。

    興福寺の五重塔は工事で見られませんでした。かなり先まで見られないみたいですね。
    そういえばこのあたりで修学旅行に学生をいっぱいみました。この時期に修学旅行というのは自分はあんまり聞いたことが無かったんですけど、自分だけ?

    中金堂です。中に入って観る人は少なかったかなぁ。この後行った東大寺とかは凄い人だったのですが、こちらから春日大社に回る道はあまり人が居ないような感じでした。んまあ程々に観光客は居て貰った方が自分としては心地いいし、写真も納まりがいいですし。

    (三条通りから春日大社の一之鳥居に向かって、の図)

    かの高市発言を経緯とした中国系観光客の突然の減少ですが、ここ奈良を歩いていてもはっきりとわかる様子で、全くいませんでしたね状態です。あんまりいうのもなんですが中国系観光客(特に大陸系の人)は見ても一目で立ち振る舞いなどでわかるのですが、いませんね。バラエティ豊かな国際色、みたいな感じです。

    もっともわれわれ日本人観光客はあまり居ない様な感じもしますね。インバウンドインバウンドでみんな委縮しちゃって出て来なくなっちゃったのかな、そんな風にも見えなくもありません。日本人の皆さんはどこで何の観光をしているのでしょうね。みんなショッピングセンターに行って休日を過ごしているのかな?(笑)それもなんかなぁ、と思っちゃったりもします。

    (春日大社二之鳥居付近にて)

    きょうは雨が降ったり止んだりで傘持ちのおでかけです。カメラも今回はiPhoneのみで身軽にしてしまいました。
    奈良の鹿って(ほぼメスの鹿でしたが)人を見てお辞儀するんですね、、、お辞儀をしたら鹿せんべいを貰えると思っているのでしょうか?(笑)→AIに聞いたらそういう催促のサインと見られるらしいです(^^;

    きょうはよく歩きます。トータルではきょうは5キロ半くらい歩いたのかな<後から測ったところによると。春日大社やこのあと書く二月堂あたりは結構アップダウンがあったりします。体力的にはいい運動なのですが、慢性運動不足の人が欲張り奈良市内観光をすると結構キツイかもしれません(笑)

    つづく

  • 35年ぶりの奈良観光(2)

    ☆旅行日 2026-2-11

    さて続きです。

    ミ・ナーラの中のエスカレータを使って4回へ。エレベータで行こうと思ったのですが待ち列が出来ているのでエスカレータにします。そんなに金魚大人気なんかな?と思ったら、大半のお客さんはその上の施設とか同じ階のいきものミュージアムの方のお客さんらしく、他施設には列とか出来ていました。金魚~はすんなり入る事は出来ました。(※ガラガラとか言うわけではなく、お客さんはほどほどいたので念のため(笑))

    入場料は1300円でした。

    中は現代美術の世界ですね・・・・アートの中で金魚を見せるというか魅せるというか、そんな感じの展示です。金魚の展示って地元だと金魚祭りとか隣市の同様の祭りの中の金魚品評会とかそんな感じの物しか見たことないな・・・斬新ですね。嫁様曰く常設の金魚ミュージアムはここしかないという事らしいです。

    入場券を買って中に入っていきます。暗い中での展示を見ていくような感じ。前述の通り現在アートのテーマが金魚、というコンセプトかな。あんまり現代アートとかいうのはよくわからんので(すいません、、)、ふーん、という受け止め方です。あとインスタ映え意識、というのはこのような施設も料理も観光施設とかもおなじなのかなと思ったりもします。昔だったらこういう施設なんかは成立してなかったでしょうしね(笑)

    中は生き物金魚だけじゃなくてこのようなオブジェみたいなものもあってパチパチ写真撮ってSNSとか~というのには事欠かないです。映えと言えばトリックアートのコーナーがあってお遊びモードも出来たりしました。

    ここまで来ると映え映えですが。金魚の皆さんは何を思って泳いでいるのか非常に気になるところです(笑)

    (ストレスたまらんかなとか・・・・・)


    ちなみにこのボードの横は鏡になっていて、お花の景色が無限に続くドロステ効果を味わう事が出来ます。
    (ちなみに風水では合わせ鏡は運気が乱れるタブーだとか調べごとしていたら書いてあったけど、そんなん知らんがな、、、 ※自分は風水は信じない人ですw) 風水ナンバー(358とか3558とかのクルマ)でドライブに来た人はここはすっ飛ばすとか・・・(謎)

    アーティスト各氏のパネル展示とかもあります。どこの施設のプロデュースをやっているとかいろんなPRとか書かれていましたが、現代美術とか空間プロデュースとかには疎い人なのでそんな展示掲示もありますよということで・・・(笑)

    ここまで来ちゃうと(ここは写真スポットみたいな所(施設内には何か所かこういう映え撮影スポットみたいなのが何か所かある))、金魚がメインなのかなんなのかわからんな(^^;

    大体見ると1時間位で回れるかな。映え系の写真を撮りたい人にはそれなりに面白いし、金魚単体で見せる展示もあるので癒され体系の人にも宜しいかもしれない施設でありました。ちなみに中で金魚すくいとかエサやり体験は入り口付近の水槽することはできます(笑)

    ==

    金魚な~飼ってみたいとかたまに思う事もあるのですが、メダカさえうまく飼えなかった我が家(多分蚊取り系アイテムの使い方が悪くてお亡くなりになってしまったのだと思う)なので、多分無理だと思う。(笑) ベランダで育てるのが易しい植物をやるのが精いっぱいなので、金魚祭り鑑賞の部類で我慢することにします(^^;

    金魚を見た後は奈良公園あたりに行きます。バスは均一区間?でしたが、1乗車250円しましたね。バスも随分高くなりました。フリー切符あたりで来た方が良かったのかな?とも思ったり。とりあえず近鉄の奈良駅までバスに乗って、この後は歩いて観光スポット巡りです。

    つづく。

  • 35年ぶりの奈良観光(1)

    ☆旅行日 2026-2-11

    久しぶりに奈良に行きました。大阪に行く際に関西線で奈良経由ということで数回かすめた事があるけど、降りて観光したのはいつだったっけ?という話。

    紐解いて昔の記録をたどってみると、どうやら35年ほど前の卒業旅行で沖縄方面に行き、西日本をダラダラ泊まりながら帰ってきた時以来の訪問らしい。その時は早春就職間際で、東大寺二月堂のお水取りを見たい、写真を撮りたいというネタのすり合わせをして観光したのが最後らしい。他方うちの嫁様も同じような記憶記録しかなく、久しぶりに行って見たいねぇ、という事のお出かけとなったわけであります。

    ★期限切れ迫る特急ポイントの消化という問題(の処理で出発)

    あと・・・・2月で近鉄特急の特急ポイントが大量に切れるという問題を抱えていまして。
    なんで大量のポイントなんか持ってるの?という話なのですが、2年ほど前にピタパを紐付けしてあるクレジットカードが廃止になって、乗り換えを余儀なくされたことがあったのよね(UFJから傘下のニコスに乗り換えてくれという話)。その際にやってくれたら大量ポイントを付けますの残骸(Kipsポイントをいっぱいつけて貰って、それの期限切れ寸前て特急ポイントに替えて、さらにギリギリまで持ってしまっていた、という顛末(笑)

    本当は昨年の関ハム(関西ハムの祭典)あたりで往復特急デラックスに乗って満願消化の予定だったんだけど夏前から職場の慢性人不足が発生してしまい以降年明けまで消化の見通しが立たなくて。で、残ったポイントは2600ポイントくらいだったか、いろいろ計算するとなんか二人特急3区に乗っていくには金額が100円くらい足らない!どうしよう・・・・と思っていたら近鉄特急ネット会員の割引キャンペーンなんてのやってて。杞憂でした。無事全額ポイント範囲内で賄えて、八木までアーバンに乗っていくことになったのでした・・・・(笑)

    (このポイント消化の条件、なんとかならんのかな・・・・改善して欲しいです。端数のポイントはどんどん無効になっていくので、組み合わせで消化できるとか言う形にして欲しいです、、、)

    (新大宮駅前。午後まで結局雨でした。)

    八木までアーバン、八木から西大寺までは新たに特急券を買いなおして(嫁様の特急ポイントも期限切迫だったので、彼女のポイント消化をさせた)西大寺乗換、新大宮で降ります。

    朝からきょうは雨で、雨のお出かけです。晴れの旅行が一番いいのですが、雨も趣があってよろしい。物は考えようですわ(笑)

    新大宮なんて始めて降りた。駅の周りは塾ばっか、というのが第一印象。とにかく進学塾が多い。何年か前まではうちも世話になった業界ですが、もうお世話にならない家庭なのでなるほどそんな土地柄なのか、、、という感じ。

    今回の第一目的地(というか、今回は嫁様のここに行きたいわ、をメインスジに据えたので、まずはそこから。

    第一目的地はミ・ナーラという所にある「奈良金魚ミュージアム」という所みたいなので、自分はついて行きます(謎)

    (ミ・ナーラという名前のショッピングモール。出来た当初は百貨店だったとか?いまは代が2世代ほど変わったみたいで、普通のショッピングセンターかな。)

    どんなところにあるのかなぁ、と思ったらショッピングセンター(モール)らしいですね。この新大宮から無料バスが出ていて。路線バスもあるようですがタダのバスの方が便利なようで(路線バスは250円するもんな)、かなりの列になっていました。まあゆっくり並べばいいかと思っていたら乗れたのがギリで、積み残しをやってました(汗
    本数が多いのは新大宮駅からの便だけで、奈良駅方面は少ない。モールの前に奈良交通のバスがあって結構来るので無料送迎はとりあえずあります、という気遣いなのかな?(既存の事業者を喰うようなことをしては禍根が残りますしネ)

    正直な所、ここにそんなモールがある事すら自分は知らんかった。調べてみたらかなり前から建物は存在して、それなりの歴史変遷があるらしいです。(詳しくは書いてもしょうがないのでwikiとかで各自調べてみてください(笑))

    ☆生絞りオレンジジュースの話

    で、奈良に観光に来たのですがなぜか近所のショッピングセンターにいるのと同じ感覚。第一目的地までは普段の買い物みたいです。
    何しに来たんだろ?(笑)

    建物に入ったら最近頻繁に見かけるようになった「生絞りオレンジジュース」の自動販売機に出会いました。
    よく見ると「単価200円」じゃん。今まで見た価格の中でここが一番底値でした。近所のいつも行くショッピングセンターだと350円もする。だいたい見る相場は300円/杯かなぁ。この価格は「陥没価格」ですわ。
    けどこの自販機、オレンジの不作でうちの近所の機械だと長期間欠品停止中だったりもしたよなぁ。そういう意味では案外波がある機械だと思ってます。(たしかオレンジは世界的に昨年超不作だったはずで日配の売り場でもオレンジジュースだけは欠品だったり価格が跳ね上がっていたはず・・・・なんでこの自販機だけ増殖してるの?という話(笑))

    ちなみに自分はまだこの機械でジュースを買ったことはありません(笑)

    ☆北海道の物産に関する考察

    また全く奈良と関係ない話をします(笑)

    ここもいろいろ頑張ってテナント入れているのかな、ここにも「北海道うまいもの館」がありました。

    先日まで北海道云々の文章書いていたし、ちょうど隣町のイオンモールに昔コレがあったのでたまに使っていたのですが、観光土産の部類以外の物は大抵手に入ってしまいますね。(けどうまいもの館はあまりどこも長続きしていないなぁ(汗))

    名古屋だと「どさんこプラザ」(3月からは名鉄の地下から名古屋三越に引っ越しするらしいですが)もあってさらに充足されるのですけど北海道のみなさん特に土産物関連の流通業者さんはこういう流通の変化に関してどう思っているのか聞きたいところなんですよね、、、、、はい。昔はハンドキャリーでいろいろ買ってくるのが楽しみだったのも事実でしたし、色々な意味で複雑な物を感じます。(商売に関して異議を唱えるという考えは毛頭ないので、あくまで独り言という事で、、、、はい)

    さて奈良に来たのに全然関係ない事でページを埋めてしまいました(爆)

    モールでは朝早かったので早めの昼食をバーガーキング(これも初めて食った(^^;)を食べて、エスカレーターで上に行って金魚ミュージアムに御入場です。

    (本編の前にいらん事を書き綴ってしまってすいません(;^_^A)

    つづく。

  • 桃岩荘YHの京都大会2025

    (大会の光景)

    ☆旅行日 2025-11-1

    遅くなりましたが、昨年秋にあった礼文島桃岩荘YHの「大会」に行ってきましたレポートです。京都大会です。

    昨年どうしても行きたくなって、嫁様を誘って京都まで日帰りで行ってきました。

    実はわが夫婦、二人ともかの礼文島「愛とロマンの8時間コース」の体験者なんです(笑)

    礼文島のソレで知り合ったわけではありません。結婚前に始めて北海道に連れ出したのが礼文島で、最初の北海道の宿が桃岩荘で、泊った翌日に8時間コース(昔のまだ海沿いを歩けて礼文滝の下を通り、地蔵岩まで行けた頃のコース)を浴びせたのが私、、、それから人生くじけずに自分の後ろをついてきたので彼女はえらいと思います(謎

    さて余談は程々にして、暫く京都大会は間隔があいてしまったので(コロナとか、休みが合わなかったりとか、色々)、久しぶりに行く決心をしました。休みの確保してたまたま嫁様も休みが合ったので連れ出した、という話です。

    (行きは関西線柘植~草津線回り京都までJR。途中の柘植駅の関西線キハ120お茶車(^^))

    11月1日の土曜日。朝1番か2番くらいの電車で亀山へ、乗り換えて加太越えのキハ120。柘植で草津線、草津乗換で京都まで。電車代は1980円。ちなみに家の前のJR駅から奈良まで行っても同じ1980円。近鉄よりもかなり安いしまず座れるし、最近はこうする事が多いです。18きっぷの形態が変わってしまったので仕方がないのかな。

    京都から地下鉄、歩いて八坂神社、そして会場の円山公園音楽堂へ。まだ例の高市総理の発言問題が無い時で結構なインバウンド観光客の数。烏丸四条から八坂神社を抜けて会場近くまで結構な人でした。

    (場所としては以前の公園から少し離れたくらいの所でした。)

    会場に入ると同士?が150人くらいいたのかな、多分100以上はいて150までのレンジかな、ざっっと見てそんなところ。あいかわらず皆さんお元気ですね~といったところです。

    会場に入って同士がこれだけいると安心します(笑) とはいえ、礼文島も実の所結婚前に行ってかれこれ30年位足を踏み入れていない。自分は2回(1回目は桃岩に行く道ががけ崩れで行けなくての年、礼文YH(今の「はな心」)に泊まって8時間、2回目は嫁様を連れ出して桃岩で、彼女はそれについて行ったその1回だけ。あとは大会に顔を出してるだけで誰かとEB(アイボール会=無線でいう実際にお会いして~)をやってるわけでもない。ただその場にいて雰囲気を楽しみたい、出来れば一緒にお歌を歌って手拍子をしてその雰囲気に居たい、という人かな<実際は。(余談ですが、四条大橋の下でアレをやったこともあります、風邪ひいて会社休んだw)

    周りを見渡すと色んな人がいる。ココで再会したり、毎年お決まりで来ているような人、一人で来てその場を楽しんでそのまま帰っていく人とかもそれなりにいたり。

    けど一番思うのは昔からの宿がこのご時世でも営業していて、初老の方から若い子まで幅広い層の人が来て一緒の時間を楽しんでいると事でそれは貴重だと思った次第。テレビでたまに紹介されたりしてそれがきっかけで、という人もいるのかな。たまにそういうのもあるのもいいですね、「たまに」、で結構なんですが、、、、、(謎

    思うんですがフローの有るコニュニティーって強固なんですよ、それに尽きます。昔のOM/OGさんがいて、若い子がはじけていて、真ん中もいる、いろんな人がコニュニティーにいるというのは凄く大事な話で。
    今でも昔北の大地を旅していた頃の人と定期的に会ったりしたりしてますし(年1くらいかな)、あるいはネットなんかで昔話がキーワードで偶然にも出会ってしまったり再会したりするのですが、実際の所もうすでにその宿がない、建物もないとかいうのはザラで・・・なのでそこから集まりや世界が大きくなっていかないという現実が・・・なので繰り言になっちゃいますが桃のソレは非常に貴重な存在で、そこに居られるというのは一種の幸せなんですな・・・(オマケに嫁様もなぜか手拍子して歌っていたりするのもこれまた貴重な存在かw) 

    =====

    余談はさておき、11時半からスタートという事で少し早い開始。事前に持ってきた食べ物飲み物をつまみながら歌会が始まります。
    何回も来てますがやはり始まるとスイッチが入ってしまいます。楽しいです。この雰囲気が合う合わないとか言うので宿の評価が分かれてしまうのですが、私は肯定派です。人によって合う合わないがあるのはあるので尊重し合ってくださいね、という事にしておきましょうか(笑)

    いろいろ楽しいプログラムで3時間くらいの大会はあっという間。最後の方のじゃんけん大会でわが嫁様が「今年の歌」がいっぱい入った音源USBメモリを見事ゲット!家に桃岩荘30周年の自主製作CDがあったりするのでそれを補って豪華歌集を構築することになりました(^_^)

    (大会で見事ゲットしたUSBメモリ。今年の歌などがぎっしり入っております(^_^;)

    終わった後は嫁様のリクエストで京阪電車にて東福寺へ。本当は夜の部まで粘ってもギリ新幹線なら帰れたと思ったのですが、無理はせず今年も日帰りで帰ることにしました。JR東海や京阪電車の広告に取り上げられているのでそこそこ人はいましたが、市内中心部より離れているのでいもあらいほどではなかったです。

    それよりも・・・・お寺を出た後に丹波橋経由で近鉄で帰ろうと思ったのですが、京阪の中書島駅で不審物発見、運転見合わせという事件に巻き込まれてしまい、鳥羽街道の駅で2時間以上待ちぼうけ。しびれを切らして出場しようとしたら2時間以上経っているのでICカードそのままでは出られないという。精算機で処理をしてもらわないと改札くぐれないとかいう話になってこれまた遠隔対応の時間待ち・・・・なんていう羽目になり、結局駅から近鉄の駅(京都線の十条)まで歩いていく羽目になってしまって。最終的に(十条の駅近くのガストで夕飯食って)八木で最終の名古屋行き特急にギリ乗れた、という顛末になってしまいました。

    #京阪電車の鳥羽街道と近鉄十条の駅って実測で1.7Kmしか離れていなかったのよね。歩いても30分かかるかかからないの距離なので、最初から歩いて行けばよかった(笑)

    まあそんなハプニングもありましたが、楽しかった。

    自分はどうだろう、健康寿命を考えると旅の人になれるのはあと10年間位だろうか。その間に離れ島に行けるのは何回だろうかな、また8時間コースを歩ける機会はあるのかな、それまで結構体で居られるように精進しなくちゃいけないかな?(笑)

    それまでは出来るだけこのようなイベントとか、旅の集まりには顔を出したいと思ってます。

    きれいにまとめましたので、おしまい(笑)

  • 知床へ(24) エピローグの回

    さてさてこれで終わり、のエピローグ章です。

    ☆書き留めたかった事

    今回の旅行記。純粋に旅のログとして書いて行こうと思ったのですが、構成か構想を考えて行くうちに今色々な事を書き留めておかないと大切な記憶とか記録が自分の中で正しく残らないと意識する様になりました。
    そう言えばこの辺りには自分のその後の人生に大きな影響を与えたものがいっぱいある、それを妄想や想像で曲がった事実にしてしまわない様に記録として残しておかないといけないな、と強く思う様になりました。
    普段この手の物書きは写真と事実のベタ書きで終わってしまうのですが自然と昔の旅ノート、古いネガとかそんなのをサルベージして肉をつけて行く、そんな事をやってました。
    必然的に構想は膨らんでだった2泊3日+1夜行の旅行は半年に渡り週一の物書きをする事になってしまいまして(笑)

    この辺りで体験、経験したことは後の自分の人生に結構影響を与えていたりします。その振り返りは一度どこかできちんと書き記しておかないとちいとまずいかな、という気持ちが強くなって途中から旅行記だけど「?」みたいなこともいろいろ書いてしまいまして(笑)それはそれで構成で必要な部分だったと(最後になって)思ってます。まあ個人ブログで好き勝手に書けるし、商業的な制約も何もないし、書きたい放題で書いちゃいました(笑)

    ☆時の流れを意識しての書き留め

    この辺りをまともに旅行するのは30年以上ぶりだったのかな。20年ほど前に一度かすめた事はあるのですがいろいろまわったのは超久しぶりでした。

    30年以上経てば世の中大半の事は変わっています。そして頭の中の昔の想い出はどんどん消えていき、下手をすると新しいストーリーに変わってしまっていたりする。なので一度自分の記憶を棚卸をして再確認をしないと、という思いが以前から強く会ったのも事実です。

    今回書いて行ったネタでも、30年位前の話になると検索エンジンにもひっからない事がいっぱいありました。そういう事は自分の昔の旅ノート(旅日記の類)などから記録を引っ張り出して、現地に行って「は~なるほどなぁ、そういう風になってしまったのか」とか「あの時の記憶はそんな風に頭の中では塗り変わっていて人の記憶って結構いい加減だなぁ」みたいなこともいっぱい。(真面目な話、昔の青春時代の旅の思い出がどれだけ検索エンジンなどで引っかかるか試してみてください。思った以上に引っかからないこと請け合いです。)
    たまに旅で知り合った友達と合ったり交流することもありますが、30年前の旅日記で書き記したことと今話した会話がこんなに違うの??ということもありますからね・・・・

    色んなことを30年のスパンで振り返ると結構感慨深いものがあります。これまで旅の記録はノートにいっぱいつけていたのですが、そのことは今になって結構効いています。今回の旅行(の計画と実行)と旅行記の作成にもだいぶ効用がありましたよ。旅行にはノート1冊(できれば白無地)を携行すると、後々いい効果とかお役立ちがあること請け合いです。データベースを積み上げると後に効果は大きくなって現れたり役に立ったりしますから。

    記録とか記憶は出来れば文字にして残しておいた方がいいです。脳内では脳内変換が高い確率でかかる事があるでしょう。思った事は自分の手で文字にして紙に残すことが最善です。(ネットサービスでもそういう物がはあるらしいですが、電磁媒体やサービスはいつコケるかわからないですし。)

    ☆肩の荷を下ろした気分

    3昨年の函館、2年前の道東徘徊、そしてこの昨年の知床と、過去の振り返りと記憶の焼き直し、新しい知見などなど、一通り経験してだいぶ楽になりましたね。思った事吐き出して肩の荷が下りたような感覚がしてます。

    ここ1、2年はそういう人生棚卸みたいなことをすることが結構あり、吐き出して再確認してなんかやっと前向きになれたかな、という感じがします。

    なんか半年かけて色んなことを書いて行って半分燃え尽きた感じ(笑) 自己大満足気分です(謎

    自分の人生どうでしょう、健康人生はあと10~15年で、自分の意志で自分で動いて旅行とかできるのはその位だと思っています。いずれ車も運転できなくなるだろうし、歳喰ったらレンタカーとか貸してくれなくなるんじゃないのかな、と心配もしてる(大いにありうる話・・・?)それまでに北の大地を旅したり車で走ったりどれだけできるかなぁ、と考えたりもしてます。

    今回の知床以外にもいろんなところの振り返り再訪とかしてみたいところまだまだあります。それなりのエピソードも書けるような気がするので、次回の超大旅行記を期待しないで待っていてください(笑)

    文章は個人情報的にはオブラートに包んで書いたつもりで、商業施設のアレコレにななるべく触れずに書いたつもりですので、その辺はご承知置き下さい。(特に飲食、宿泊施設などはあれこれ書くとあとからいらんご意見を言って来る所もあり、面倒くさいのよ(笑))昔のパソ通・インターネット黎明期からオンラインはやってる人間なんですが、もう限られた人の情報共有とか共助の時代は終わっていて、昔の感覚で書いて行くとろくなことがないのも事実だし(苦笑)


    最後を最初に見てしまった人は、最初から読んで行ってください、よろしくね(^^)

    (第1回)←ここをクリック

    以上、2025年知床旅行記はおしまいです。最後まで御覧いただき、ありがとうございました。

    (2026.2.27/By stampnote/Kori)

    ~Fin~

  • 知床へ(23) オーヴェールの丘~いよいよお別れ

    (オーヴェールの丘と3日間お世話になったヤリスクロス。最後に天気は晴れました。キメ写真(笑))

    ☆旅行日 2025-6-15

    長々と9月末から書き綴ってきた知床旅行記も本文の最終回となりました。

    浜小清水を出て、濤沸湖・原生花園を通ってどう女満別へ行こうかと考えたのですが、そのまま39号を走っても芸がないので北浜あたりで内陸の方に曲がりました。行ったことがない「オーヴェールの丘」という所に立ち寄るところにします。

    少し下調べをしてマークしていたのですが、なにやら有名映画監督・黒澤明の作品(「夢」)のロケ地らしい。
    詳しくは検索して映画のシーンや動画などをチェックしてもらえればいいと思いますのでここでは割愛。

    自分もチェックしてみましたが、映画上数分の場面に使われている場所ですね。ゴッホの絵とオーバーラップさせられる場所がココなのだとか。

    (気になってというか復習の意味で映画を見ました。2時間の映画でしたが全編見たら自分にはちいいと重すぎた<黒沢監督の「夢」)

    映画そのものはもう35年ほど前の作品なので今はもう静かなのかな。同じような丘でも美瑛辺りは芋洗いと化してしまっているようですが、ここらあたりまでは足は伸びてこないのかな。美瑛富良野みたいに後からエピソードが追加されることもなく、来るのにもひと手間かかるしお金もかかるし、足もなけりゃ来れないし。それでいいのだと思います、ここは農地だしね(笑)

    自分たちが行った時は1台車がとまっていただけ、我々が来たらそそくさと行ってしまって我々だけの時間でした・・・

    ちなみに上の写真、人によってはWindowsXPの初期壁紙に見えるのだとか、、、、そういわれれば・・・?(^_^)

    (現地看板。上の写真の反対側ですが、晴れたら斜里岳が遠方に望めるのだとか・・)

    場所的には畑のまん中の交差点みたいなところで、看板や地図のマーキングがないとわからないところ。このあたりの作例(写真)を見ていくと、写真左のアップダウンと遠方に晴れた見える斜里岳とかを収めた写真とかが出てくるのですがきょうは知床方面は曇っていて山が望めなかったです。また次の機会にゆっくり時間をとってロケハンしたり丘めぐりをしたいと思います、はい。

    (最後にメルヘンの丘に立ち寄り。木の数は9本が正解のようです。)

    オーヴェールの丘から39号に向かってユルく走って、最後は「メルヘンの丘」。丘と言っても国道沿いの小さな駐車スペースなんですが。運がいいと女満別空港に下りていく飛行機とかがバックに見られるみたいで。

    木は9本立ってますが、観光写真だと右から7本ですね。ちなみに8本目の所はよく見るとアマチュア無線のタワーが3本立ってますよ。この写真だとわかりませんが、現地に行って確認してみてください(笑)

    ====

    最後に道の駅のに寄って、ガソリン満タンにしてレンタカーを返して楽しいドライブは終わり。

    今回はヤリスクロスのガソリン車でしたが、満タン法で16Km/Lくらい走りましたか。AT車だった割にはまずまずかな。昔若い頃に自分の車を持って行って5MTのカリーナで北の大地を走りまくった時の燃費と同じくらい。前年釧路起点で阿寒摩周をルーミーで走った時の燃費が20台前半(25くらいあったか?)だったと思うので今の車は燃費良くなったなぁ、と思う次第です、はい。

    (いよいよお別れ。羽田行きJAL便の到着です。真ん中の黒は窓枠です。)

    (最終の千歳乗り継ぎでも名古屋へは帰れたのですが、リスクは取りたくないのでひと便前で帰ります。)

    このあとは羽田まで戻って、乗り継ぎで常滑まで行って、名鉄で名古屋~近鉄で自宅まで戻りました。羽田で待ち時間2時間位あったのかなぁ、、、、新幹線で帰っても良かったんだけど、飛行機で帰っても時間もコストも同じだったので今回は初めて羽田~名古屋とか言う短距離便に乗りました。殆ど乗継の人だったのでしょうが満席で飛んでました。結構需要があるのだなと思った次第。名鉄も名古屋まで通勤電車並の混雑で、立ちんぼで最後が一番疲れました(笑) 昨年は釧路からの飛行機が遅れた上にエアコン故障で蒸し風呂、千歳でマイクロで搭乗口横付けとか波乱がありましたが今回は何事もなく飛んでくれました。

    本当なら女満別夕方の便でも帰って来れたのですが翌日からがっつり仕事だったのでリスクのある行動は取れません。過去に千歳からの最終便で機材故障でエライ目に遭ったことがありまして・・・・社会人としてはリスク管理はしないといけないので。変な賭けをするのは仕事が上がってからにします(笑)

    =======

    旅行記としてはここまでが本文となります。

    だいぶ長々と書いてしまいました。旅行に行ったのが昨年(2025年)の6月で、書こうと思ったのは夏終わり位だったのですが、旅行から帰ってきてから秋口位まで仕事の人の状況が非常に不安定になってしまい身動き不能。文章を書き始めるまでにしなきゃいかん話が積み上がってしまい、結果書き始めが9月下旬になってしまいました。まさか終わりが5か月後になるとは思ってなかったです(笑) 書き始めてあれこれ考えて、どうしても書き記しておきたいことが色々出てきちゃってなんか壮大な書き物になってしまいましたわ、、、けど書き始めたら色々書きたい事が湧いてきてこんな時期になっちゃいました。まあ個人的に書いている書き物なので好き勝手にやれるし実際やっちゃってるし(笑)

    最後にまとめのページを書きますので「つづく」ということで(^^)

    次が最終回です。

  • 知床へ(22) 浜小清水と「STBのすすめ」の本の話

    (浜小清水駅/道の駅はなやかと、遠くに知床半島の山々。直下はキャンプ場。)

    ☆旅行日:2025-6-15

    天に続く道からまっすぐ走れば国道に出て、道なりに走って原生花園と~なります、元来た道を戻っていきます。

    だいぶ戻ってきてしまった。旅としてはもうエピローグの行程。どこで昼ご飯を食べて空港に行こうかなぁと思って走っていて行く時に通った駅の喫茶店に寄っても、と考えたのですが店自体にキャパが無く待ち時間を喰ってしまってはと考えたので道の駅に寄ることにしました。(昨年の川湯温泉駅の昼食でもかなり待ったのでそのリスクは避けたかったのです)

    ココの話・・・・昔のことは覚えていないです(笑) 昔素朴な駅だったはずですが、30年以上経って再び立ち寄ったそこは道の駅に変わってしまっていましたよ・・・道の駅が主で、駅はその中にこじんまりとあるだけ。道の駅の駅ですね(謎

    横の展望台(フレトイ展望台)も登れるけど施設は閉まっていて。風強いし晴れてないので寒いし、とりあえず360度景色は見ました、で降りてきてしまった(笑)

    (釧網本線も新車に替わってました)

    釧網線も車両を入れ替えて貰ってピカピカになってました。電気式ディーゼル車になってました。(あ、昨年川湯温泉で見かけたから初めてではないか(^^;)キハ40もいなくなり(30年以上前のキハ54-500はいまだ健在だけど)、トロッコ列車も機関車客車も耐用年数がもう限界という事で引退。
    列車の本数は運用は最小限かつキャパ一杯(車両数と人員ですね)なのはいわずもがなで、列車は鹿対策で遅れが半分前提みたいなものだし。(※実際に駅の時刻表にはそれらしきお断りが書いてあるし、実際遅れて走ってる)

    自分が昔北海道行ってた頃はリゾートトレインとか走っていたな・・・釧網線だとニセコエクスプレスを使ったやつだったか。全日空のビックスニーカートレインで、バスと列車があったか(JALにも同じような物があって、お互い競い合っていた時代、懐かしい?)。あんな時代が再び来れば価値のタシにもなるのでしょうが、旅のスタイルも変わってしまい、難しいのかな。

    この先鉄路はどうなっていくのかな、生きているうちに何かなければいいんだけど、というところかな。難しい話です。

    (駅というというよりは道の駅で、駅はオマケですね、、、(笑))

    昔、90年代位には釧網線は「オホーツクグルメライン」とかいって旅行雑誌がこのあたりの駅喫茶店群を媒体で取り上げていたものでした。自分が知ったのもそれがきっかけでした。けどみなさん訪れるのは車ですね、現実は。自分も最初の頃は鉄道利用で行っていたけど程なくして冬でも車、になっちゃった。時間がない生活の中で旅をしようと思うとそうなっちゃうのは必然の流れかな。

    この浜小清水も駅はオマケのような存在ですね。(と言っては失礼なのかもしれませんが・・・)

    セイコーマートにラーメン屋、物販施設に隣にはモンベルもあったりする。キャンプ場も線路の向かい側にあるし、現在の旅行スタイルからすれば必要十分な施設ですね・・・時代の流れからしたら仕方がないか・・・はい。

    ☆「STBのすすめ」の本の話

    (浜小清水駅にあった喫茶店「汽車ポッポ」で入手できた「STBのすすめ」)

    (館長の本棚にほぼ新品で保存中です、現物は上田まほろばYHで入手したもの)

    ここに1冊の昔の書籍の画像を上げたいと思います。

    「STBのすすめ」

    (STB=ステビー。ステーション・ビバーク、の略。ケーブルテレビとかに関連したセットトップボックスの事ではない。)

    この本の事を知ったのは1990年の夏休みに北海道に出かけ、浜小清水の駅にあった喫茶「汽車ポッポ」で見かけたことがきっかけ。その頃の旅ノートを見返してみると、すでに釧網線の駅グルメ未踏はは浜小清水の喫茶店を残すのみとなっていて立ち寄らないとと思っていたのかで訪れたのだと思う。

    (ちなみに現在藻琴駅はすでに閉店、北浜はお昼だけの営業、川湯温泉も同様の形態になってしまっている)

    そしてこの本の存在を見つけてしまうわけだけどその時は在庫が切れていて購入機会を逃してしまい、その後数年後にやっと手に入れられたのです(長野の上田まほろばYHに泊まる機会があってそこで偶然その改訂版があってすぐさま購入して信州土産にして持って帰ってきた(買った)のです。(なので画像の本は北海道で買った物ではないので、念のため。))

    見かけてから購入までに6年もかかっちゃってる。汽車ポッポで見た時は改訂全国版じゃなかったらしくて、その長野で入手した時は全国版になって1500円になっていましたか。後日入手で結果オーライだったんだけどネ(笑) もう版元もなく(京都のどらねこ工房、というところ)、手に入れるには古本を探すかフリマ系をこまめにチェックするしかない本です。

    この本はいわゆる当時発刊時点で駅ネがどこで出来るかという事を書物としてまとめた本。見たことで自分もその後何回かSTBをしたことがあります。詳しくは書かないでおこうかな。今時のインターネットは「過去の事」と書いても文章をよく読んでない人が見たことを切り取っちゃって「今の本当のこと」だと思って現地現場でクレームを入れちゃうとかいう話が実際にあるので具体的には書かないでおきます。(まあ30年も前の情報本なので役には立たないんですが、時系列時間の流れがわからない人や分別の付かない人が世の中一定数居るのも事実なので。)

    この手の入手しにくい本は情報の伝達速度の遅い昔だったからこそ書物として成立していたのだと思うので、今時の、そのことは明日は多数の人が知っている、そしてそのあとの宜しくない展開が待っていそうな可能性のある世の中では出せないと思います。まあSTBという行為を肯定する世の中ではないのは十分承知しているのですが、その頃は大っぴらではないけど北の大地ではその位は許容してもらえる寛大さがあったのは確かです。そこまでで文字列にするのは止めておきます。(笑)

    あと、駅ネに関するネガティブ系の物の見方は道の駅での車中泊で恩義のナントカ礼儀のなんかをしない人たちと根本は同じなのだと思ってしまうのです。最低限買い物くらいはして、ごみも出さず、宴会もせず、騒ぎもせずだったら誰も文句は言わんわな・・・けど世の中には分別の付かない人は一定数少しだけど居て、母数が多ければそれだけそのの数も増える。どんなことのトラブルもおなじかぁ・・・とも思ったり。

    で、浜小清水の駅ってググってみたら1999年に取り壊しになって道の駅が主の施設になってる。あとから調べてみると汽車ポッポは中にテナント?として入っていたようだったけど当日は良く道の駅の中を見てなくて施設の外にあるラーメン屋で昼食をとってしまっていました。惜しいことをしたみたい(笑)

    #なんかうすら覚えなんだけど、本当に欲しかったのは当時旅雑誌なんかにも取り上げられていた「全国駅前銭湯情報」という似通った本で、結局は入手できずにそちらの本は購入保留になってます(フリマサイトあたりでは入手可能らしいですが、いまはそんなに入手欲求はない(笑)(版元も別なんですが。なんかうすら覚えの話ばっかですいません(^^;)

    話がかなり脱線してしまった。けど文字列として書かずにはいられない書き留めておきたい話だったのでご容赦の程を(笑)

    いろいろ書きましたが、隣の北浜も、浜小清水も、その先の知床の山奥であった事もそこであったことがその後の旅の仕方とか色々な事に影響を与えていたりします。このあたりを何回か徘徊か通過してその後道央某所に数年通っていたりするのですが、今思えばこのあたりの色々が無かったらそこには及んでいないのは明白な事実か。振り返ってその事実は大切に持っていなければと思ったりもしています。

    ====

    昼飯は二人でラーメンを食し、道の駅の儀式はソフトクリーム。

    なんか昨年も摩周の道の駅でやっていたよな<コレ(笑) 二人でやるんですよ、夫婦円満の形(謎

    ヒトリではできないもんね(^^;

    さあもう少し走りましょう。

    ここからは左手に湯沸湖、右に原生花園とか見ながらのドライブ。原生花園とか言っても花には少し早かったのでなんも咲いてない。花ならウトロのオロンコ岩でみたから充分です(笑) 自然の中を走るドライブはここが最後なのでゆっくり走りながら女満別へと走ります。帰りは結局網走市街をパスすることにして内陸部経由で走ることにして女満別へと向かいます。

    つづく。

  • 知床へ(21) 天に続く道

    (起点から圧縮気味で。)

    ☆旅行日 2025-6-15

    オシンコシンの滝から車を斜里方面へ走らせまして。徐々に人の棲む気配の有る光景に変わってきます。まっすぐ走れば斜里市街地ですが、まだ行ったことのない俗称「天に続く道」のスタート地点に立ち寄ってみます。
    ウトロから来れば1回左に曲がるだけ、曲がって程なく目的地に着けます。3枚目の写真の坂を下り切った所が曲がって登っていく所です。

    この場所、幾度となくこの辺り訪れたのですが実はまだ行ったことが無くて。

    昔は穴場的場所だったのでしょう、自分が認知するのは大分旅をし出してあとの事でしたネ。エサヌカ線みたいにバイクとかで走っていれば情報も手に入れられてもっと昔に見つけて走っていたのかも知れませんが。とりあえず今回は時間もあまりないのでキメの写真だけ抑えてという事にしておきました。朝夕とか風景写真の映える時間帯に来ればもっといい写真が撮れたのだとは思うのですが(笑) とりあえず素材になるような写真を撮っておしまいとしました。

    ちなみにここ・・・木の上に電線あるんですね。工夫して撮らないと電線写り込みます。消しゴムマジックの世話になるか、自分で消すか、撮り方を工夫するかの3択になります(笑)

    (しゃがんで撮ればいいのか、立って撮ればいいのか、それは各自でお考えを?(笑))

    (現地は農地の中なので、なんもないです。)


    現地は車がどうでしょう・・・10台くらい停められるスペースがあるくらいかな。農地の中ですから他に何もなく、トイレも何もない。それくらいの方がいいですね、なんでも観光地整備するべきかと言えばそうでもないとも思うので(笑)

    自分が行った時は車がパラパラだけ・・・と思いきや、着いてから暫くすると中国系と思われるマイクロバス貸切御一行様が来て展開開始・・・・皆さんやることが違いますね。てっきり美瑛富良野あたりがいろいろあってこのあたりは~と思ったらマイクロバス運転手付きでドーンとやって来るんだ、こんな北海道の果てまで、と目が点になってしまいました(;・∀・)

    (左に振り向けば海に続く道です。交差点は国道(334号)です。)

    ちなみにこの場所、90度右に向いたらこんな光景です。海に向かって続く道です。自分はこの光景もオススメだと思っています(笑)

    ☆天に続く道展望台というところ

    坂を下ってひと山目の所に、民有地にログの展望台があります。Googlemapとかにも記載がありますしレビューもありますが、上のような光景で(すいません写真は合成してくっつけました(^^;)隣にカフェもありまして。

    実の所上げた写真だいぶいじってます。旅行現地3日目ですがいちばん風が強く、たまに雨パラっときたかな、という天気でした。道東/知床の天気は気まぐれ、の言葉通り、風も強く日差しもイマイチの最終日でした。

    時間があれば上の写真の駐車場みたいな場所でヒルネでもしてぼけーっとしていられたらサイコーなんでしょうが今回はかなわず。雄大な景色と風でさわさわすつ木々の音だけを聞いているとか、そんな何もしない贅沢を味わいたい、、、、(なんかこの旅行記で何度も言ってますが、そうなんです(笑))

    ダウンヒルをしたらこのまま国道に合流。時間を見ながら後4時間位どうしようかなぁと考えつつ車を網走に向かって走らせていきます。

    お名残り惜しいというかなんかここまで来ると達成感の方が強いと言いますか、そんな感じ。あとは昼ご飯をどこで食べてどう時間調整して女満別までたどり着くかみたいになっちゃってます(笑)

    とりあえずお腹空いたのでくいっぱぐれの無いように浜小清水の道の駅でお昼ごはんにします。

    つづく。

  • 知床へ(20) オシンコシンの滝

    (観光定番写真でしょうか?(笑) オシンコシンの滝の一番前まで来ましたよ)

    ☆旅行日 2025-6-15

    旅行記は20回目になりました。いつ終わるの?
    決めてないです(笑)

    ここからは女満別空港まで元来た道を戻っていきます。楽しかった時間はあっという間ですネ。けどここまで(尺延ばしと言われようが)いっぱい物書き出来たのは充実した旅が出来たという事でしょう、きっと(笑)

    いっぱい書いたのでだいぶいろいろな事が整理がついたというか肩の荷が下りたと言いますか。
    想い出の場所に一度行って気持ちの整理を付けるのは大事な事なのかもしれませんね・・・(笑)

    ホテルを出たのは午前8時半。いつも旅行だと宿のチェックアウトはいつも遅くてダラダラなわが夫婦だけど、今回は気合が入ってる。飛行機は午後3時過ぎ、レンタカーを返すのは午後2時だったのであと6時間か。有効に使わないといけない。もう少し見ておきたいところを何か所か思いながら車を走らせます。

    行きのウトロへの乗り込みで飛ばしたオシンコシンの滝に少し立ち寄ることにしました。自分は何度か立ち寄ったことあるけど同行者は初めてなので、ということで。

    国道沿いで名瀑を見られるところといったら・・・・案外少ないですね。知床でもここくらいか。他の滝の類は観光船に乗らないと見られないので、、、

    自家用車は結構いっぱいいますが朝が早い(9時半くらい)と団体さんはいません。水量はこんなくらい?多すぎるとしぶきを浴びて濡れちゃうし、少ないと迫力もないし。結構植生も勢いが良くて近くに行かないと全体が良く見えなかったです。刈り込むわけにもいかないし?ですね。

    ちなみにツアースケジュールで「=オシンコシンの滝(車窓)=」とかたまに見ますけど、これだと車窓からは見えませんね(^^;

    6月でコレなので、8月あたりだったら道路からはほとんど見えないのではないかと。ちゃんと降りて見せてもらうようにしましょう(笑)

    (滝の上からのウトロ方面の俯瞰です)

    時間があれば滝の上まで行って見ましょう。地図を見ると滝の上を通る道があります。現調しましたがこの道、ウトロ側から滝までしか行くことが出来ません(斜里側は通行止めで入る事が出来ません(2025‐6月現在))。

    トンネルをウトロ側に抜け、山側に旧道の登り口があり、そこから坂を上っていきます。(上の写真の山肌を登っていく道がソレです)

    緑が生い茂ってなかなか見晴らしが開けないのですが、頂上の手前に上の写真のような開ける所がありました。海岸線と沿って走る国道と、知床の海の決め構図?の光景がこれです。車かバイクか自転車(きつそう(笑))でないと来れないところ。(バスだと2時間に1本くらいだから往復歩きだときついと思う)

    写真の通り波も穏やかだったので完全ご褒美写真ですね。よく「なんとかブルー」とかいう海の売り文句がありますが、そんな言葉に逢うかもしれない透明感でした(^^)

    (単に緑と青の写真なのですが・・・上の写真を振り返れば、こんな光景。)

    ☆自分なりの穴場とか・・・・

    ここも多分下調べして来ないと上2枚のような写真は物に出来ないかな~ということで自分なりの穴場。(ちょっと右側にハレーションみたいなのがありますが、それは愛嬌という事で(笑)) 

    喧騒みたいなものもなくて、セミの鳴き声と風に木々がさわさわみたいな音、緑と青と白い雲とか、済んだ海の青とか。自分にとってはそんな中にいて、それで満足かな。人気観光地でなくてもいいんです、こういう体験が出来れば十分なんです、はい(笑)喧騒のない朝なんて今の居所だと正月3が日位しかないし。

    昨年の旅行もそうだった、屈斜路湖の近くの宿で、起きて部屋の外に出てみたら鳥のさえずりしか音が聞こえてこない。去年のソレも、今回のここもそんな感じで。それって贅沢な時間なんですよね、わかるかなぁ・・・・(笑)

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    ここからは徐々に人の営みがあるエリアに戻っていきます。

    時計とにらめっこしながら立ち寄り場所を考えつつ、次は天に届く道の起点に行ってみる事にします。

    つづく。

  • 知床へ(19) 知床とお別れ

    (ウトロの街のまん中、右にセブンイレブン、左にセイコーマート。ホテル街へはセブンの店の上にある道を登る。この時は通行止めで迂回路でした。)

    ☆旅行日 2026-6/14.15

    さてさて観光メニューもほぼ終わり。街に戻って来ました。街から奥への観光ミッションは計画通り終了。計画から外したところはまた次回。って、健康寿命のうちにこの地に戻ってこられるのかな?? 宝くじでも当たってお金の心配がなくなり、時間も取れれば来られるだろう、その確率を考えるのは野暮かもしれないけど、また来るつもりではいる・・・・(笑)

    ===

    ☆地の果てでもコンビニ

    ホテルは1泊朝食でオーダーしていたので夕食はどこか街のどこかで~とタカをくくっていたのですが、遊び疲れて時間が無くて、結局地の果てでもコンビニインフラにお世話になってしまいました・・・・。
    地の果ては食の事情があまり良くないとかかなり前の項で書いたと思うのですが、泊まったホテルは山の上で、その(ホテル街の)周りには食べに出られるところがない・・・フロントで冷たい謹告を受け。。。。

    1日目は嵌まってしまいホテルで1種類だけ売っていたカップ焼きそばと手持ち少量の食糧で夜をしのいでしまって。まあお腹は満たしたのでヨシとして、2日目は上の写真のセブンイレブンに全面的に頼ってしまいました、、、、
    写真左のセイコーマートでも良かったんですが、物量と品ぞ揃えに関してはセブンにはやはり叶わない、、、のかな。夕方に店に入っても車のナンバーとか見れば同じことを考えているような人たちでセブンの駐車場はいっぱいでした(笑)

    両方入りましたが、どちらを選ぶかは人それぞれという事で。(最初から1泊2食で頼んでいれば問題なかったのですが、頼んでなかったから見られた光景とか感動とか(美しい夕日、知床峠、カムイワッカへの知床林道探検・・・)もあったので、その辺は両天秤にかけてからプラン組み、というところかな?同行者のあるなし、天気、事前準備、観光への欲求度合いとか・・・・

    (ホテルのバイキング。)

    ホテルは第一ホテル(知床第一ホテル)に泊まりました。ホテルの朝食1回目が6時45分、次が8時半。後者では多分ホテルを出るのが10時だろう(ダラダラ旅のわが夫婦のいつものパターン(笑))ということで1回目にしたんだけど、団体さんとバッティングなんですね(多分ホテルどこでも?)。1回目に済ませたら観光船に乗れる。というのは船乗り場に行ってなるほどね、というのは(観光船の項で)書いた通り。
    朝食がバイキングなのは大きなホテルの定番で、複数人で行ったら最大公約数的食事スタイルかな(笑)

    レストラン内の給仕の人は外国人の研修生と思われる人もいる。ルームサービス(リネン掃除系)も簡略化のお願いモードだった。季節波動の大きな所なのとどこでも人材確保が大変なのだろうなぁ、と思いつつホテル内は過ごしてました。

    ホテルの部屋は予約時指定できませんだったけど部屋は皆海に向いていていたし、特に重視もしていなかったので問題なしでした。温泉大浴場露天も入れたし。

    山に上がったホテル群のレストランなので、オホーツク海を高い目線で眺めながらの優雅な朝食です。
    しかしながら外を眺めれば木々が大きく枝葉が揺れる程の風。天気は快晴だけど昨日乗った観光船類はすべて欠航。隣のテーブルのお客さんは観光船業者から欠航でキャンセルになりますすいません、の電話できょうどうしよう??と困惑している様子。

    さらっと雨の日プランや第2プランとかストーリーを用意出来れば問題ないんだけど、それは過去の経験値とか情報の使いこなしかほかの人のアドバイスをスムーズに受けられるとか、そんな話かな・・・?

    自分たちは運が良かったと心の中で思いつつ、優雅な朝食を頂いていたのでした・・・・。

    (ホテルのフロント。写真の通り最初の船は出たけど、あとはこの日は全滅でした、、、)

    ☆お土産考

    旅のお土産・・・今回は実は殆ど自分は何も買わずに帰ってきてしまいました。嫁様は職場土産とかいっぱい買ってましたが、自分は職場には旅行に行くとか一切言わない人なのでその系の物は無し。

    (長期旅行とかだったら考慮しますが、ショートの休みの場合は何も言わない人です)

    今回は大きなホテルだったので大きな売店があり、それなりの物は買えました。道の駅でもそれなりに品ぞろえがあるので概ねアイテム的には揃うものだと思います。団体さんは道の駅には寄らないし、個人客は道の駅などか。棲み分け上手く出来てるのでしょう、きっと。

    しかしながら(総じて)むか~し旅していた頃とはその手のアイテムの流通とか変わってしまって、なんでも自分の地元(名古屋周辺)で手に入るようになってしまいました。特に食品に関しては自分も自宅から30分か1時間かければ名古屋駅前のどさんこプラザや北海道うまいもの館が複数あって、北海道の定番系のモノから道内ローカル系のものまで手に入ってしまう。通販も手軽にできる時代だし・・・。

    最近はどこの酒売り場でも少し探せばサッポロクラシックが売っていたり、ロイズが移動販売車が家の近所に来たり、年中物産展は近所のどこかでやっていたり。。。こうなっちゃうと旅に出てなんか思い出のモノを買って帰ろうと考えても今じゃなくてもいいか、なんかここじゃないと買えない物はないかなぁ、、、、と思っちゃうんですよね。そうなると何を買って帰ろうか、、、と思ったら自分はキーホルダー1個とステッカー1枚しか買ってなかったの。なんか寂しい冷え冷えな事を書いてしましたが、自分の最大のお持ち帰りはいっぱい撮った写真と(これまでに書いた)焼き直した記憶とか、そんな物だったのかな。それはそれでいい経験をしたという事で話を締めたいと思います、はい。

    食べ物に関しては好き好みがあるので、どうしても我が家の場合は白い恋人、ロイズ、マルセイになってしまいます。今夜はジンギスカンでも、、、と言っても自分以外はラムはいやだと。最大公約数ってそんな物でして、、、、(汗

    (斜里バスウトロターミナルと、旧の国道の通り。)

    ☆ウトロバスターミナルの想い出。

    荷物をまとめてホテルをチェックアウトします。もう少し記憶の引っかかった部分とかほぐしたい所もあったけど、女満別の飛行機の時間が決まっていますので街を離れることにします。ここからも距離と時間と出来る事を考えながら進まないといけません。
    ホテル街のある坂を下りてきて、また5分か10分くらい同行者には待っててもらう事にして、斜里バスのウトロターミナルを訪ねました。

    国道が付け替わってしまい、車の通りが全くありません。道の駅がある通りには何軒か店があったりアウトドア系の事務所があったりと表の顔があるのですがこちらは裏道になってしまったため無い物ものがさらに無い?ので寂しい限りです。どこでもそう、高速が出来た、新道が出来た、道の駅が出来た、で昔からあるものは高い確率で廃れます。ここでも営業を止めてしまった飲食店とかその類が視界に入ってきましたが、、、、、引け目の写真以上の話は書かないようにしますか。

    岩尾別と北浜駅の項でも書いたのですが、ここは2度目にウトロに来た時だったかな、その前日に岩尾別(YH)に泊まったコたちと翌日1日遊んで、最後に夕方に彼女たちを見送って別れた場所なんです。最後に女の子泣いちゃって、バスが発車してもバスの後ろから見えなくなるまで手を振ってくれたコたち。そんな思い出があったのが35年位前にあった場所。あああんな事があったなぁ~と感慨深い事があった場所です。その後は年賀状1回やりがあってそれで終わっちゃったコ達だけど、多分絶対そんな感慨深い事は相手の女性軍の皆様方に置かれましては今は心の片隅にも思っていないでしょうが(爆)、まあ男ってのはそんな未練がましい?生き物なんですよ、はいはい。(笑)

    けど現地に行って一度復習して、それでスッキリしたかな、という感じ。1990年8月末のある日の出来事、これで記憶の整理整頓完了、という話でした(笑)

    この後小さな町だけど車で一周して、相方に「もう十分ですか?」と念押ししてOKを貰って、元来た道をたどって空港へと向かいます。時間的に組めるのはオシンコシンの滝と天に続く道あたりかな。

    もう少し続けますね。