
(自分が保有している三脚のすべて(笑))
久しぶりのポストです。
(なかなか写真で文章を書こうかなと思ってもネタが浮かびませんな、、、、)
三脚の話をしようと思います。写真人生が長いと小物が段々多くなってきます。カメラの台数が多くなる人、レンズの本数が多くなる人、などなど。自分は何故か三脚が多くなってしまっています。写真に写っている物がすべてで、押し入れから引っ張り出してみたら一脚も含めて8本もあったりする。そんなにもいらんじゃんと真っ先に言われそうだけど、シチュエーションに合わせて持ち出すものを変えてきたので、こうなっちゃった。
撮影旅行(ロケハン)だとでっかくなるし、それが車と現地まで飛行機だと預託荷物の制限がかかるから軽くて小さいものになる。同伴者がいれば撮影よりも相方の相手で写真撮影の頻度が減るから簡素な物になる。最近は上の写真の超コンパクトに携帯電話用のアダプタの事も多かったりする。まあそんなこんなで写っている物の中に不要な物は自分が思う限りない、という信念?で保持しています(笑)

(小樽運河。1990-8-24。リアラ。ISO100)
はじめてまともに三脚を使って撮った写真はこれだったかな。上の三脚の写真の、右から2番目の三脚。もう36年も使っている。旅行にはちょうど良くて長い間使ってる。20代の旅行にはよく使ったと思う。最近の旅行にはちょっと大きく見られて自分は使う機会は少ないんだけど、子供が写真を始めたのでなんか気に入って使ってるみたい(笑)
(今どきの三脚は出る数が少ないのでかなりお値段も従来のメーカーだと高いし、、、、必然的に買っても中華三脚をを通販で実物見ないで買う、というのが現実なのかな・・・?あまり自分としてはやりたくないです、はい。)
三脚と言えばどうしてもいるのが夜景とか花火とかそんな撮影条件になっちゃうんだけど、上の小樽運河のような光の条件だとカメラとか携帯電話のカメラの実用感度が飛躍的に上がってしまってもはや手持ちで十分すぎるのが現実で、三脚要らんがなというのが現実なんですよね。持っているのが逆に足手まといで、片手空かないしなんとかという世界になってしまっている。上のようなスローシャッター+三脚+(+例えばクロススクリーンフィルタ)みたいな撮影は万人にとっては規格外撮影なんでしょう、きっと。自分も撮影のシチュエーションを考えながら持って行くとか持って行かないとかを決めるんだけど、最低限の出動にとどめているのが現実です。
☆順番待ちとか、オーバーツーリズムとか。

(浅草雷門。2026-4-5)

(洞爺湖サイロ展望台。2026-6-20)
ちいと写真を2枚上げてみました。まず浅草の雷門・・・・外国人が写真を撮るために長蛇の列を作ってる、の図。列の後ろにならんだらどんだけ時間がかかるんだろ?という光景ですね。効率よく観光をしようと思ったら雷門のあの提灯の下では正面からの記念撮影は諦めないとイカンのかなぁ、という図です。(ちなみに行った時、日本人は殆ど列にはいなかった(笑))
もう1枚は6月に北海道に行った時の、洞爺湖の眺望スポット「サイロ展望台」。この写真は待ち3組ですが、実際はもっと(行った時には)並んでいて、それが途切れる事は無かったかな。ここも大半が外国人観光客だったか(行った時は)。
で、並んでいる人や撮っている人見ると、共通事項としては三脚なんか持っていない、自撮り棒さえも使っていない、携帯電話のインカメラで腕をいっぱいに伸ばして画角に無理やり収めるポーズばっかりだという事。
だから取ってるポーズはみんなおんなじ。一時期中国人が自撮り棒を持って~みたいな光景は観光地でよく見たもんだけど、いまやそんな光景すら見ない。なんか棒を持ってるとしたら動画(GoPro系)をやってる人が某1本カメラを先にぶら下げて、ですね(笑)
自分なんかはそういうのは好きじゃないし、携帯のインカメラはめったなことがない限り使わない人なんで(文字が反転して映るのがイヤなんです、あの腕伸ばして撮ってるポーズも好きじゃないの。)、なんか嫌悪感を持って見てしまうのです。
子供が一眼レフの写真を始めているんだけど、彼には「三脚にはお金をかけなさい」と事あるごとに言ってる。言ってることに間違いはないと思ってる。
最近の三脚はガラの悪い一部のアドアマや鉄道オタクの場所取りの象徴になってるフシもあったりで世間的な印象は必ずしも良い物ではないと思うけど、でも写真の技量を上げるには必要不可欠な物だと思っています。自分なんかはカーボンのそこそこの物は(モチベを上げるために)改めて1本買いたいと思っているし、なんか買っていい写真撮って世間的に見返してやりたいと思っています、はい(笑)
以上、初老入り口の写真好きの主張でした、おしまい(笑)