(証拠品。(笑)  もう戻ることのない35年以上前の思い出、、、)

☆旅行日:1990-8-24

日が替わり道内2日目です。
きょうは北海道旅行の第一ミッション、「C62ニセコ号」に乗車です。

今回の旅、最初のミッションはいままで鉄道雑誌でしか見た事の無かった「動いているC62の生の姿を見る」事。そしてその列車に乗る事。これを第1ミッションとしました。

このあと何年か自分はこのシロクニをGWとか夏休みに追いかけて渡道するわけですが、乗ったのはこの1日1往復だけ。あとは車で有名撮影地に行ったりとか、そんな数年間を送りました。復活シロクニが走ったのは結局10年位だったのかな、最後はいろいろあってショボく終わってしまったけど、、、一番(個人的に)経済的に余裕があって趣味的に遊べた20代にこの蒸機に付き合えたのは本当に幸運だったとしか言い様がないかもしれないです。

経験則的な話なのですが、20代に熱くなったことはその後の人生に大きく影響を与えてしまうもので、いろんなことを昨日の様に思い出してしまったり、その時代の事をベースにあれこれ生きてしまったりするもので。まあ館長もその時代のあれこれが色々あって今の生態がある人間で、シロクニ追っかけもそのうちの一つだったりします、はい(笑)

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8/24。前回書いた竜宮閣ライダーハウスを出て、小樽駅の近くのどっかに車をとめて小樽駅の改札を抜けます。指定券は1か月前になぜか三島駅で10時打ちをやってもらって(笑)(なぜ三島だったのかというと、最初の会社の内定拘束がその会社の三島研修所の最寄りだったから)、18きっぷ1枚日付押してもらってホームに行きます。
今思うとスポンサーが当時付いていたとはいえ、18きっぷと片道300円の指定席券の客なんて儲けの出る客ではないし興行として何やってるの?という話だと思う。運行経費の殆どはドネーションだったはずですがひょっとしなくてもよく10年も続いたという話かも知れない。まあこの手の話はいうとキリがないしお前はヘソの曲がった鉄道マニア以下の人間だ、とかいってなんか飛んでくるかも知れんし(笑) この辺で文字列を綴るのはやめにします、はい。

(ついに出会えた動くC623号機・・・1990-8-24 小樽駅)

ホームに入り、ついにナマのシロクニとご対面です。後ろに旧型客車が5両。復活の条件が往時の姿の再現だったので極めてシンプルな編成。復活SLといえば(当時の)大井川以外は12系が後ろにぶら下がるスタイルだったのでこれはこれで良かったのです。

(乗ったのはスハフ44 7。現在小樽の「ワインの丘公園」に保存されているそうですね。)

小樽からニセコまで1往復。旧型客車は小さい頃に紀勢線とか関西線でまだ乗れた世代の人間なので初物の感動は無かったけど、とにかくまあ動くシンプルなSL列車に乗れたことだけで満足だったと思うのです。ひとりで旧客の窓を開けて、レールのジョイント音、動くSLの音、煤の混じった風を受けて。それでたぶん満足というかお腹いっぱいだったのでしょう。当時の自分は少しひねくれていて?SL列車でなんか車内イベントチックな事ととかドミトリーの中のイベントチックなことに関しては嫌悪感があって、さすらい系に憧れていた人間だったのかなぁ。その後はそんなシーンではいろんな人と関わりたい系の人間に変わっていくんだけど当時はそんな人間だったのです、はい。

(ニセコ駅の転車台での転回作業。至近まで寄れました。1990-8-24)

ニセコ駅での転回作業も間近で見られてもう幸せ。後日訪問した時にはもっと接近して645(中判)持って舐めるように写真撮っていたっけ。もう戻ることのない「至福の時間」を過ごしていたのは事実か。

この転車台周辺、整備されて「ニセコ鉄道遺産群」として整備されているそうですね。ニセコEXPも居たりするらしく、いつかまた行って見たいものです。

(ニセコ駅ホームにて)

(上り9263列車、小沢交換待ち。1990-8-24)

ちょうどこのころは一眼レフを初めて買って、写真を本格的に初めてみようと思って旅のお供に持って行った頃だったのかな。前年の初めての北海道旅行はカメラ装備が貧弱で思い出はあまり振り返ることが出来ない旅だったかな、なのでその年のバイト代はカメラ装備と旅行代に消えたのかな、きっと(笑)けどそれはそれで後悔していないし、撮った写真を大切にアーカイブしてこうして物書き出来る幸せに繋がっているのだから。

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上陸最初のミッションを無事終え?自分が煤けていることに気が付いて。慌ててという訳じゃないけど市内の銭湯に行ってすす払い。 頭を洗ったら泡が灰色だったのを今でも覚えてる。SL列車に乗ることはこういう事なんだ、と実感した瞬間だったかな(笑) 今時のSL列車は保安上大半は下段窓開かないし、ドアもロックされてるしね。あの頃の解放感はもう味わえない。そのあとSL列車に乗ったのは北びわこの12系と梅小路のスチーム号だけなので二度目は体験する事は無いのかな。

何はともあれまず「行かないと体験できない体験」を一つ達成。この後乗車する事は無かったので大切な思い出を作る事が出来ました、よかったよかった。

銭湯で煤を洗って綺麗になって、小樽運河で夜景を撮って、あすは今日乗ったシロクニを「撮る」ミッションが明日の目的。どこで撮ろう・・・その頃はロケハンの情報なんて全く持ってなくて、道路地図を見ながらここがいいんじゃないのかな~という風にしかわからなかったのです<自分。
とりあえず向かったのは寝られそうなどっかの駅の前。当時はまだ携帯電話なんてなかったから実用的な連絡手段というのは公衆電話くらい。なのでビバーク地は公衆電話があって、人の気配がある駅前が妥当な場所だったという事か。
昔の北海道は駅で寝ていてもなんも文句は言われなかった。夜行がそれなりに走っていて駅を開けていなければいけない事情もあったけど、当時は駅に一夜の恩を~は許容される部類の話だったと思う。特にライダーチャリダーな方はそ恩に預かった人も多いと思います。そんな流れで自分も山線のある駅に行くことにしました・・・・

つづく。