K-3Mk3を買って2年が過ぎていた

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☆ソーシャルメディアは立派なリマインダー

昨日だったか、何気なしにFBのアプリを見ていると。

この上の画像が現れて。ああそうだったか、K-MarkⅢを買って(正式には買ってもらって)2年が経つのだと教えられました(笑)

早いね~もう2年か。

このカメラは結婚25周年のプレゼントの贈り合いっこでお輿入れして頂いたもの。

最初下のKPとかを買おうと指名しかけたか、K3~を買う際に自腹でお金を積み増そうかと思ったんだけど、全額出してあげる!と言われたので買うことにしたカメラです。(レンズは中古で18-135を買いました)

けどなかなか使う機会がない。コッテリ使ったのは昨年初夏の北海道旅行の時だったかな<直近だと。あとたまに家の近所で線路端に電車取りに行った時とか、そんなときにしか使われていないのよね。。。。

やっぱiPhoneのカメラの使い勝手の良さに嵌まるとなかなか抜け出せない。賢すぎるもんね。ちなみに今の13Proは4年月賦で3000円×48回だから144,000円か。K3~が16万?18万位だったから携帯電話のカメラの方がバリューがあるのか、そうだよな、だから一眼レフなんて売れないんだよ、、、、

なにせこのK-3Mk3、メーカーサイトではもう生産終了品扱いになっちゃってる。溜息しか出ないよね、、、、'(涙

☆K10Dも変な御祝い品だった

そして・・・初めて持ったデジタル一眼レフはK10Dだった。

あれは20年弱前の話だったのか、その時自分は前の会社が親会社の方針で会社解散で無くなってしまった直後で、40を前にして無職になってしまった時だった。写真のラボに勤めていたんだけど、安定業種だと思って15年働いてその安定という言葉が崩れ去ってしまったんだよね。そんなときに名古屋の柳橋の当時まだあったエイデンの本店(広小路通りにあった頃)の1Fのカメラ売り場にこれが置いてあって、未練がましく思っていたら嫁様が励ましの意味で買ってくれたもの。うちの嫁様はホント写真趣味というものに関しては理解があって、こういう物の類の購入には理解があるのよね。(正反対に別趣味のアマチュア無線に関しては全く理解が無く、自腹だったらご自由にどうぞ、というスタンス。これは無線趣味を始めてから20年経っても変わりがないスタンス(笑

まあそんな昔話はさておき。ここ1、2年と昔話の懸案事項に片を付けたというか区切りをつけてきて、やっと色んなことに前向きに取り組める気持ちが出てきた感がして。写真に関してもそう、そろそろ再スタートかなぁ、と思ってる。

一応、気持ちだけ・・・・(笑)

一眼レフを始めた頃の話(2)

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(中富良野町にあった「一輪の丘」のラベンダー刈り取り風景。1991-7月)

(同じく一輪の丘のラベンダー畑。1991-7月)

もう少し一眼レフを始めた頃の話を書きます。一眼レフカメラを買って、最初に取り組んでみたのが風景写真だったかな。風景と鉄道と、そんな感じで趣味活動を始めました。
最初はいわゆるダブルズームのスタイル(自分だと35-105と70-210)で始めて、次に28mmを買い、135mmを買い、200-500のでっかいタムロンのズームを買ったか。テレコン付きね。けどそれで充分足りた。

最初に気を引いたのはラベンダーだったと思う。紫色の花の誘惑に負けてしまったの(笑)

30年以上前はまだ本州でラベンダーを見せモノにするところはあまりなくて、必然的に北の大地に赴くしかなかったのよね。

しかしこのラベンダー、花の見ごろのレンジが大変狭くて、かつその見頃の時期は南から梅雨前線が上がってきて期待に応える写真が撮れなかったりするの。上の写真もかなりいじったけど結局日の光も差してないしこれが精一杯かな、という写真です。

#ちなみにこの一輪の丘というのは検索エンジンにもほとんど出てこないし、webmapにもピンが無い。裏にゴルフ場が出来てしまったりしてとかいう話も聞きましたが、施設としてはもう無く、もうオクラの一コマです。近隣の彩花の里もすでになくなっていて、じっくり北の大地のラベンダーを撮るにはどこがいいのかな~とずっと思案していたりします(笑)

このあと自分が追っかけるようになったのは鉄道関連、北の大地に被写体を求めて何度か足を運びました。ちょうど山線(函館本線)にC62が走り、深名線の廃線問題が出て、北海道以外にも栗駒電鉄、野上電鉄の欠損補助打ち切り廃線問題が出た頃、名鉄の岐阜地区の路線整理(廃止)かな。栗駒電鉄は行かなかったけど深名線、野鉄、名鉄絡みはがっつりポジとか白黒に収めたかな。

この頃が写真に一番熱かったころかな・・・・それ以降は人に語れる被写体というのが無い。そこからは人付き合いでパチパチ撮った写真が殆どになり取り組んで写真に撮ったというものがあまり無いような気がする・・・・まあ結婚子育てとか趣味に時間の取れない時期を通り過ぎていたので仕方がないか。写真の代わりにアマチュア無線を始めてしまった事もあるし(笑)

けどもう一度写真には取り組んでみたいと思ってる。何か引いて行くと自分には写真を撮ることくらいしか嗜み事が無いような気がしてて<最近。

こうして再び写真のサイトを再興させたのも不退転の意思であるつもり(?) ムリしない程度に続きを書いて行きます、書かなきゃいけないので写真も撮ります(笑)

そんなこんななので今回はここまで。

一眼レフを始めた頃の話(1)

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(北海道小清水町の夕暮れの麦畑。1990-7月。RVP)

(美瑛の麦畑。1990-7月。KR)

北海道の旅行記の作成(知床~)も一息ついたので、今度はこちらの方に記事をいろいろ上げていきたいと思います。

何から始めようなぁ~と思ったのですが、自分が一眼レフで写真を撮り始めた頃の話から始めるのがいいのかなと思って、そこから始めることにしました。

北海道に旅に出て、2回目の旅あとにやっとのことで自分は一眼レフを手に入れることが出来ました。大学4年の時だったかな。いっちょ前にコダクロームなんか買っちゃって、リバーサルでパチパチやりながら旅を始めた。カメラバッグに一眼レフ、交換レンズ、三脚積んで~となってたので車に機材積んで北の大地に出かけた。格好つけてKRなんかで撮っていたので現像代もバカにならなかった(帰ってきて現像出してマウント仕上げしたら〇万円とか払ったような記憶が、、、、(笑))けどそれは授業料だったと思ってるし、決して無駄は無かったと思ってる。むしろ今みたいにフイルム代0円の時代じゃないから結構一枚一枚気合を入れて撮っていたと思う。

(なので多分昔の方がクオリティは高いのかも知れない・・・?(笑))

====

最初にどんな写真を上げようかなと思ってスライドファイルを出してきて。まず小清水町(北海道)の、濤沸湖の裏あたりで撮った写真を1枚目に選びました。

この日は・・・・・いまは無き原生花園YHに宿をとっていました。この時は春にYHの会員証を作って、初めて長期のホステリングというかYH利用をメインにした旅に出ていた時。昨年いい思い出の有った場所にまた来てしまった、というストーリーです。
(元ネタの話は、ここを参照)
http://www.stampnote.com/odekake/2025/10/post-6.html

(赤丸のあたりが、多分撮った所。正確な話はわからないです。)

その日、YHのチェックインの時間の前に少し時間があったので、夕暮れのなんか写真を撮りたいなとふと思い立って宿の前を通り過ぎて赤丸の所あたりを彷徨っていたのを今でも覚えてる。日が暮れてしまえばおわり。宿には夕食の何時までにはやって来いという話もあり結構焦ってた。そんな中でピンと来たので慌てて撮った数枚のうちの1枚だったと記憶してる。逆光の夕暮れの写真だけどそこそこうまく写ってた。撮ってから35年経つけど色褪せてもないし、人から見ればあっそ、と思うかもしれないけど自分にとっては最初の「逆光は勝利!」みたいな写真だったのです、はい(笑)

2枚目は同じ年のその旅の、一週間くらい後だったかに美瑛で撮ったもの。どこか覚えてない(マウントに美瑛にて、1990-9月、としか書いてなかった)。

色が崩れているのかな、それとも元のエマルジョンが良くなかったのか、それともコダクロームらしい発色に年季が入ったのかようわからん。いろいろいじってみたけどこんな色しか出せなかったです(笑)まあ35年も前だもんね、これだけ色が残っていれば上等か。

昔は麦畑、小麦畑の写真を撮りに行くのも難しかったと思う。難しかったというのは今みたいに家の近所で麦を作っているような環境になってかかったという事。あの頃はまだ転作奨励で本州当たりではそんなに麦を作ってなかったと思う。なので案外麦畑というのは撮る機会が無かったような記憶があるのです。(今は初夏には家の近所は二毛作で麦秋写真ってのは初夏には簡単に撮れるんだけどね・・・)

あと・・・桜も麦もラベンダーもそうなんだけど、被写体が集団であるようなものっていい形に写真を収めて絵にしようとすると結構難しかったりする。いまでも会心の写真ってそう滅多には撮れない案外難しい物だったりするのです。

まあそうわかっていれば挑戦のし甲斐もあるのかな。永遠のテーマなのかもしれないけど、頑張っていいものを積み上げていきたいと思っています(笑)

☆最初に買ったのは、ペンタックスのSFXn

最初に買ったカメラの話もしておきましょうか。

自分、実はカメラを始めてから約35年、ペンタックス一筋の人です。

なんでペンタだったのか・・・・それは店員に流されるままに買ってしまった事、それだけか。

お見合い結婚で一生続いている、という話ね。買ったのはいまは無き名古屋のアサヒドーカメラだったけど、罪作りな店員だったか。(笑)

久しく動かしていなかったので押し入れから出してきた。1号機はエラーメッセージが出て動かない。巻き上げ系のエラーみたい<ネットで調べると。2号機は動いた(ちょっとほっとしました(^^;)

同じカメラを2台も買ったのも初めて。(最初で最後なのですが)

1台はリバーサル、もう1台はモノクロにして、白黒は自家現像もやってた。同じカメラでパラ使用、無線で言えばSO2R(Single-OP,Two Radio)をやっていたようなものか。けど2種類でやろうとするとそうするしかなかったの。いまのコにはわからん(笑) けどその頃それをやっておいて良かったと思ってる。いい経験をしたと思ってる。

レンズも当然Kマウントでそれなりに揃えて、おまけに子供にもペンタを買わせてしまった(子供にすればおあのレンズ資産を利用したいなら必然的にペンタックスを買わざるを得ない、という事(笑))。

その頃の資産はいまでも十分に使えてるし、多分これからも使い続けていくと思う。
自分は写真は機材がすべてではない、と思っている派で、そうは高級機材にはこだわっていない派。ある程度の事はレタッチでできてしまい、かつ現在の表現ステージであるPC&ネットの世界ではそんなに上等な物は要らず、それなりのスペックで充分だと思っているので。

いまはiPhoneがメインになってしまっていて、ちょっといじりたい素材が欲しいときにK-3Mk3を使っているという感じかなぁ・・・(情けない?)けどiPhoneって賢いんですよ。単焦点レンズ何個も積んでほしそうな画像を作ってくれる賢いカメラ。万人に対してそうなんだからカメラ売れなくなるよね(苦笑)。

とまあ懐古話をぐたぐた書いてしまっているけどこの辺で区切りをつけてページは終わりたいと思います。

もう少し昔話を書いてみたいと思うので、(2)をしばらくして書きます。

写真趣味のあけおめ

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写真趣味のあけおめです。

一応当サイトの管理人は「写真、旅行、無線」の3カテゴリの嗜み事をやっている人間です。

最初に嵌まり込んだ趣味が写真で今は趣味的なスタンスとしては3番手にいるのか。

現在は細く長くやってる状態の人ですわ。

撮ってる写真の殆どはここに映っていないiPhoneで撮ってる人になっちゃってる。

K-3のMark-3を持っているけど昨年本格稼働したのは6月の知床旅行の時だけで、あと下のコスモスを撮った時以来稼働していないありさま。完全にiPhoneがメインカメラでDSLR(デジタル一眼レフ)に何してはサブというかここぞというときの控えになっちゃってる。

携帯のカメラの方が進化して賢くなってて、考えて撮るのがだんだん億劫になっちゃって来てしまっている。ちょうど別趣味のアマチュア無線がFT8にだいぶ移行しちゃってCWを打つだのフォーン(マイク)で喋るのが億劫になっちゃってしまっているのと同じかな(笑)

K10Dは昨年は子供に半分貸し出していて、本人がメーカーアウトレットのK-70を買って写真趣味を本格的に始めるまでは随分と働いてもらったかな(笑) 買ってそろそろ20年になるカメラだけど、今頃になってペンタを買う人間を増やしたおかげさまアイテムになってくれた貢献アイテムになちゃってる・・・

Q7に関しては殆ど倉庫の肥やしかお飾り。夏の花火大会に動画撮影のビデオカメラ代わりに使っただけやん状態でした。

このQシリーズ最近はオークションの投機アイテム的扱いになっているようで、安くQ7とQ10をメインサブに据えて遊びたいなと思っているんだけどなかなな実現しない。すればちょっとした旅行にも持っていけてたいそう機動的にもラクになると思うんだけど、、、、、この手の物(ナノイチ)はもう出てこないとも思うし。

(鉢上げしたラベンダー(グロッソ)。挿し木して8か月経過)

今年はベランダで花を育て始めたので、花の色々な写真を撮ってみたいと思ってる。

実はベランダでラベンダーを育て始めていて。昨年挿し木を10本以上作ったのですが、なんと(最初土のセッティングをミスした数本以外)みんな軌道に乗って伸び始めてる。ベランダで紫の花を咲かせて花の写真を心行くまで撮ってみたいと思ってたりする。ラベンダーなんかマクロで撮る部分が大きくて、それなら家で育てて咲かせて時期や天候に左右されない写真を撮れば北海道だの高原だの山に撮りに行かなくてもいっかー、とか馬鹿な考えをしてたりします(笑)

まあそれは半分妄想なんですが、写真趣味もマンネリなのでなんか今までのもの以外(旅写真、鉄道写真など以外)のジャンルに取り組んでみたいと思っています。

目標はベランダで花を咲かせてココに紫の花をいっぱいアップロードすることです(笑)

とりあえずおしまい。

木曽岬のコスモス畑

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(K3+SMC-PF135/f2.8)

久しぶりに柄物?でも・・・・(笑)

近所の木曽岬のコスモス畑がほぼ満開という事で撮りに行ってきました。

場所は名四木曽岬の日ハムプラントの至近の所。ここは通勤路なのですが毎日チラ見で「おお今年も咲いとるなぁ」と見つつ。

この週末ほぼ満開という事でたまたま貰った有給日に撮りに行ってきました。車を停める所は、、、、、駐禁ではないので停めても問題はないのですが、まあ通行車両に迷惑が掛からない程度の駐車時間ということでお願いしたいところ<特に休日(笑)

今回はこの組み合わせです。昔から使っているKAFの135mmf2.8。30年くらい使っているのかな?明るいしフード組み込みだし、ボカかましたいときには使っています。開放2.8といいつつ開放で撮っていては画質がイマイチになってしまうので今日はF8位で撮ってました。

群れで咲く花ってけっこう撮るのが難しく。風であっち向いていたり欲しい構図通りに花が咲いてなかったり、この写真にあるようにもう終わって枯れたものとかあったりで。案外畑何枚分花咲いていてもコレっていう物がないんですよね、、、、サクラとかも同じで。

今回はこの先週末雨予報ということと後ろに延ばすと花が開き切ってしまうのでということで曇りでしたが撮りに行ってきました。写真いじってパキッとしてもいいのですがやりすぎもいかんかなとという事で少し眠い写真になってしまいました(笑)

===

ちなみにこの手の写真、昔はうちの町内でもこの季節存分に撮れたのですが「あれは市の補助金事業」と昔聞かされ、市が財政の都合上お金を出せなくなりました、と言ったら速攻で無くなってしまいました。まあそんなものなのでしょう、無料で撮れるお花の類の写真は撮れるうちに撮っておきましょう、という話でもあったりします、、、、、

おしまい。

36年前のネガと褪色復元

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久しぶりに新規記事でも書こうかと。

(本来なら写真、無線、旅行と3本柱で運用する目論見でMovableTypeをインスコしたのに全然イケてないです、やれてないです。)

で。

ちょっと用ありで押入れのネガストッカーから36年前のネガをサルベージしてきました。

このネガは1989年8月24日に撮ったもの。日付データが写し込んであったのでそれで確認。
あとちょっと別件で押し入れのトレジャーボックス(笑)を開ける機会があり、そこにたまたまあった領収書(爆)で日付の二重確認が取れたというオチも(笑)

別ブログ展開している旅行に絡んだネタ探しで、どうしても拾っておきたい写真を探すべく捜索開始・・・コロナで自宅待機があったころに今がチャンスとばかりにインデックスとかを作って整理していたので、案外早く目的のネガにたどり着くことができました。

脳内変換というのは恐ろしいもので、36年前の頭の中の記憶が完全に間違ってることを認識。
写真に写っている人と記念撮影をしたのは全く違っている場所で、頭の中でストーリーを作ってしまっていた私(笑) ネガの撮影順を見ると間違っているのは言いようのない事実でシュン、となった次第(笑)

これより後の人生記録(というか旅行記録の類)はちゃんと写真管理して、旅関係はノートに付けて、デジカメに移行してからはファイルの日付けやExifデータである程度はカバーできるようになったのでいいのですが、それ以前の写真人生記録に関しては全くのお手上げです、、、、、

※その写真の思い出話などは旅行ブログの方で書いていますので、そちらをご覧ください(^^)

(すいません本人降臨ということで(右側)(笑))

一番上の画像のネガ、36年前の(コニカSR-V100)の1コマを、スキャナで取り込んで展開してみました。既にカブリが発生していて。これでは使えません。モノクロで使う事にして色情報を破棄してしまって色なしの思い出写真でもいいのですが、勿体ない。カラーでの復元を試みることにします。

これをますPhotoshopである程度均します。

色目はとりあえずでいいので。後処理をさせるので黄カブリが取れればよく、素材が出来ました。黄色と青の処理をすればここまで、かな。

ここから最近流行りの生成AIのサイトに読み込んで処理をさせます、そうするとほぼ問題ない画像が返答として戻ってきました。本人の腹の出具合は直りませんでしたw

色をこれ以上つけても良いかなと思ってあれこれいじってみましたが、これ以上いい結果は(自分としては)得られませんでした。まあこのくらい出来れば万々歳で、使える素材がゲットできた、昔の思い出がよみがえったという事で満足しました。

今回は「jpgHD」というサイトを利用しました。
https://jpghd.com/

3000ピクセル以下の処理ならフリーで出来で、疑似的にピクセル数も上げることが出来るみたい。

ブログなどのネット利用ならこのくらいでいいと思います。定額制でサブスクも出来るみたいですが、めったにやらないので無料お試しで必要な時に、でもいいと思います。

しかし世の中技術の進歩はすごいなよなぁ、、、、、

生かせる素材が格段に増やせることになったので、物書きも多少は書く機会が増えるかなぁ・・・・?(笑)

写真の力を知る~30年の空白を埋める旅~(3)

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(いよいよ本番です。どこの駅かって?見りゃわかるでしょう。時刻表買って調べてくださいな(笑))

★いよいよ本番の日

3月某日。いよいよ本番当日です。

行先は関西のどこか。いつもは大阪行く時はお金がないので中川で急行乗り継ぎなのですが、今回は特別な日なので特急です。アーバンのDX席でしばし色々考えながら大阪へと向かいます。

いろいろ声がかかったようですが、当日の参加者は友人知人関係は3名だけ。30年の月日が絶ち、生きていれば(お星さまも自分たちも)50代で色んな家庭環境に居て出てこれない人も居るし、思い出は過去の記憶の中でもう忘れてしまった人、実際仲間が集まっても実際すれ違いだったため会ったことがないからわからない、という人も居る。結果、自分たちの仲間で集まったのは二人だけ。あと別の知らない本人の友人さん。普通の人でも17回忌、23回忌、27回忌、33回忌(弔い上げ)とかあるけど、おそらく時が経つと知る人が集まる機会もないであろうという話にもなる。時の流れってのはそういう話なんすよね。

たぶん、今回が最初で最後だろう。

一番の大きな動機付けはそこ。若くしてお星さまになってしまったのでこんな年てそういう時が来てしまったんだけど、多分この先かかわる人たちで当時の事を知る人は確実に減っていき、いなくなってしまう。親御さんも80代半ばに差し掛かり、これが最後のチャンスだろうという意図もあったのだろう。

元々の話は自分が20代の後半に起こってしまった話です。(その話は書かない)

人の記憶もあいまいとなり、記憶が正確につながらなくなり違う事実がほんとの事実になってしまう事だってある。なので今回は正しくリフレインできるようにちゃんと記憶記録の再確認をするのがもう一つの目的でもあったのね。

写真というのは写し込んだ物がすべてなので、正しく説明が出来ればそれは動かしようのない事実でもあったりする。そこに語れる正しい事実を紙にでも記録しておけばそれで充分なものだったりする。今回はその後者の部分を補うための旅でもあったりするのです。

=====

大阪に着いて、電車をのりかえ、とある私鉄の駅で友人と待ち合わせる。事前に写真を見せて本人確認もする。地元の手土産、写真、額縁などを持ってお宅にお邪魔をする。

30年前に来たことがあるんだけど、もう自分の記憶に居宅の記憶がない。いまみたいに気軽に手軽にケータイに記録が残せる時代ではなかったからそれなりの事はノートに残してあるんだけど、さすがに家の写真までは撮ってないな・・・・・(笑)

30年ぶりにお邪魔させていただきますということで丁重なお出迎えをしてもらった。

挨拶をして中に通してもらい、居間に入る。先客(親族の方とか)に一礼をして、お線香をあげて、写真を早速見せてみた。

「早速なんですが、この写真に見覚えがございますか?」

「あります」との親御さんの返事。

意外だった。実は当日持って行った写真のうち、数枚は30年前にお星さまになってしまった人に当時あげた写真で、初七日には数枚(あげた写真が)仏壇に飾ってあったのを覚えている。(覚えているというか忘れないでおこうということで旅ノートに記録をつけていた、ああ自分の撮った写真がそんな風に飾られるとは思っても見なかったと、いう当時の話)

その写真の「この人は〇〇さん、この人は〇〇さん」とスラスラと出てくるの。30年前に見た写真の事覚えているって。

写真そのものは逸失してしまって出てこないらしい。けど凄いよね、人の記憶って正確に覚えている事ってあるんだな。という話、、、、、恐れ入りました、という話です。

(かなりボカシをかけました。)

写真、飾らせてもらいました。表情のいいバストアップの写真があったので、上手にフレームに収まるようにして飾らせてもらいました。
色目はネガの保存状態が良かったのでまるで昨日撮った写真みたいに色が上手く乗っている。スキャンしたときにネガのサイドプリント見てみたらフジのリアラだった。

リアラはエマルジョンを4層塗ってある(紫の再現性の為だったと思うが、たしか)ので、銀塩ダイレクトでなくスキャニングとレタッチのワンクッションおいたけどいい色が出せたと思う。

もうこれで充分。寂しいお仏壇だったのでこれで充分である。目標は完全達成である。

(余談だが、遺影の写真の部類を作るのは自分の親に次いで二人目だったりする)

=======

写真を飾ってみんなで写真を撮り、共有して、食事を頂きながらお星さまの生前の色々な話を伺ったり、自分の知らなかった話を聞いた。

色んな写真を見せてもらった。自分が(お星さまを)知る前からの写真もいっぱい見せてもらった。

「写真がない」という部分はよくよく先方さんの家にあったプリントの日付け写し込み部分を見ると「ない部分」が見えてきた。少しは埋まったのかなという感を受けた。

詳しくは書かないけど、少しは埋めたんだなという判断で現地をあとにして帰ってきた。多分これで概ね記憶で埋められなかったことは大半が埋まって、埋まらない事は仕方が無いかぁ、で終えられそうな話の終わりとなった。

3か月かけてあれこれ用意して、無事目的ははちゃんと果たせたんだけど、過去の記録とかを振り返って、あれは人生の一瞬の事、時間にすればたった半年の話でそれが30年経つとこういう話になってしまうなんて誰が想像したでしょうか、という話でもありまして。

多分もうそういう話は写真やっていてもないような気がする。ファクターとなる話は押し入れには何件かはあるけど、こういう話にはならないと思う。モヤモヤ感は無くなったのでいい区切りにはなったと思う。

最後にお墓に行って。なぜかお墓に宿帳があるんだよね、この人(笑)。

風雪に耐える宿帳BOXがあって。誰が考えたのかな?30年ぶりに来ましたよと記帳をして関西某所をあとにしたのであった。

おしまい。

写真の力を知る~30年の空白を埋める旅~(2)

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(押入れの膨大なネガ群。時々虫干しガス抜きをやって思い出に浸ったり、忘れた思い出も思い出したり。生きているうちはいっしょ(笑))

第2話です。

★ネガの掘り起こし

一人プロジェクトがスタートしました。

期間は3か月弱。これだけあれば押し入れの膨大なネガのサルベージは可能だろうと思ってはいたのですあが、いかんせんそんな時に限って仕事が忙しい。現場仕事な人間なんだけど、人のやりくりとかその他いろいろなことがあって実際作業に取り掛かれたのは2月上旬の事。

幸いにもコロナ禍の時にネガ類の整理整頓がやってあって、時系列的なピックアップはすぐできた。
色々その頃の写真って自分写真係みたいなことやっていたからいっぱいあるんだけど、人様に見せようかとか相手様にドンピシャの写真をセレクトしてお分けしよう、というカットをセレクトするって案外難しい。こういうのは写っている物すべて、というわけにはいかないもの。前の記事に3回しか会っていないという事を書いたけど、その中から個人のその時の記録というか記憶のピースを埋める写真を選ぶのには配慮がいった。表情とか、フィルム上のアレコレとかを考えながらこれなら大丈夫という写真は10枚もなかった。
裏を返せばナントカの鉄砲も、という纏め方よりは選んだ方がインパクトはあるだろうという考え方で行くことにした。

アナログ写真には欠かせないライトボックスとルーペ(ルーペはもう廃盤のピークのアナスティグマットルーペ4x)。

そしてたくさんの思い出の詰まった自分で現像したネガ群。30年ほど前は旅写真の大半はモノクロのネガ、お金が無くって。

幸いにもラボ勤めだったのでカラーの現像には(色んな意味で)苦労はしなかったけどフィルムのイニシャルコストをかを考えてその頃は自分で長巻(100ft)を買って、デイロールで巻いて、パトローネいっぱいにして旅に出てた。そんな過去のお遊びというか若き日のお遊戯というか、そんなのの記録のかたまりが写真のネガたち。

案外1コマずつ見て行くと余計なことまで始めてしまってずるずる(笑)。写真あるあるです。たまにはそういうのもイイでしょう。趣味ですからネ。

(準備したフォトフレームと、プリントとショーレックス(ハイゼックスとかともいう)、当時の旅の記録ノート。30年位前はまだインターネットとか言うものは無くて、パソコン通信を限られた人たちがやっていた程度。情報の流通は殆どが紙だった時代です。)

★紙焼きを作る、あわせて渡すものも準備。

写真を渡す相手は高齢の方なので銀塩の紙焼きを渡すのが最適という考えに基づき、すんなりとミニラボ屋~と思ったんだけど、今時フィルムに対応しているミニラボが稼働している店なんて、ない。名駅に行っても大手量販店からはミニラボは撤去されていて即日には持ち帰りが出来ない。
そういうときの最適解は自分でスキャンして、色をさわってリサイズトリミングをして、オーダーキャッチャーの有るセミセルフの店に行くか、ネットで注文配達まで完結させるか、行きだけネットで投げて仕上がりだけ取りに行く、という事をしないといけない。 幸いにも市内のショッピングモールにそんなことを出来るお店があって、銀塩の紙焼きは作ることが出来た。
当時はモノクロもやっていたのでその手の写真もグレースケールからRGBのデータにしたら紙焼きを作ることが出来た。昔の暗室ワークはもう出来ないので助かったという話でもあった。

(ちなみにモノクロもRGBで作らないと機械は受け付けてくれない。1回ヘマしてしまった。)

今回は紙焼きを渡すだけでは~と思ったので、フォトフレームを付けて渡すことにした。理由は写真は飾って貰ってなんぼという計算。その人のソロの笑顔な写真が運よく見つかって、これなら飾って貰って見て貰わないと、という計算。フレームは2枚買って、L版と2L/カビネ版のどちらでもいけるようにして。

写真はL版と2L版の2セット作った。相手様の都合で選んでもらえばいいし、外れた方も予備を持って貰えばよいという考え。

今回はデータも渡すことにした。SDカードにプリントに合わせたピクセル数の写真データと簡単なテキストデータ、自分からの簡単なMsgを入れて。

写真の渡し方なんかも30年前のやり方と全く変わってしまって。

昔は旅先で住所交換して、写真交換ごっこと手紙のやり取り、年賀状に暑中見舞い、旅先から絵葉書書いて送ってみたりとか。いろんな楽しみがあった物ですが、今はネットでさらっとやり取りして、その場限りのグループを作って一斉送信してDLして終わりとか。味気ないですね。あと自分たちがそういう交流していた頃の跡はプライバシー尊重というのが優越しちゃって、そういうやり取りとかも激減しちゃったのじゃないかしら。

まあこの手の話は人様にしても話が咬み合わなかったりするので長々とは話しても無駄骨になるので止めておこうかな。時代は変わってしまったという事でひとまず区切りをつけておこうかな。

ここまでの作業が終わったのは1週間前。

あとは現地に持って行き、自分の準備したものが相手に伝わるかどうか。

確信半分以上。多分大丈夫。そんな算盤勘定をして当日を迎えることにした。

つづく。

写真の力を知る~30年の空白を埋める旅~(1)

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「好きな食べ物はおかし。」

この言葉だけが思い出となって残っているあの人がある日突然お星さまになってしまって30年。


その人、なんかファインダー越しに見た容姿というか雰囲気がちょっと他のコとは違ってて。それは写真をやってる人しかピンとこない話なんだけど。

(わかるかな、写真やってる人じゃないとわかんないだろうな、、、)

それを思い出のまましまい込んでしまって、記憶の片隅に追いやってしまって30年という月日が過ぎてしまった。

昨年の冬。

そのお星さまになってしまった人の親族の方から、人づてに30年目の区切りの会をやりたいというお話が舞い込んできた。

何某かの心の中にあいた穴を少しでも埋められないかな、となんか本能みたいなのが心の中で動いてしまった。

そんなチャンスが幸運にもめぐってきて。会ったことが3回しかない人の思い出を再確認して、そして出来るだけの知りたいことは知っておきたい。そして区切りにしよう。

最初で最後のチャンスだと思って行く事を(心の中では)即決めてしまっていた。

そして。

そのお誘いの中に「そのお星さまになった我が子のある期間の写真がないのであれば見せてくれないか」という話があって。どうしてもある期間の写真だけ穴が空いたようになっていて、我が子の思い出が繋がらないのだという。

で、親御さんの人生最後のヘルプなのかなとも思って。そしてその穴を埋める写真が偶然にも自分の手元にあったりする。綺麗に捨てずにその辺の写真は残してある。

なんか奇遇と言いますかナントカの細い糸というか、そんなの。

その話は写真を嗜みにしている自分にとっては理にかなったりというかなんといいますか。昔からの趣味で撮ったネガポジ類はきちんと整理してすぐ呼び出せる形にはしてあり、年老いた親御さんの希望には少しは応えられるだろう、という話もあってね。

自分写真やっていてこういうケースは初めて。ひょっとしたら趣味でこんなことは最初で最後なのかもしれない。このリクエストはぜひ成功させてみたい、そんな気持ちにならずにはいられなかったのよね。
だれでも人生の後半になると「あの時の記憶とかそんなのを一度は振り返ったり再確認したり、埋まらない記憶とか記録の穴を埋めてみたいと思ったりするもので。

リクエストと本番当日までの期間は3か月。仕事や実生活の合間を縫って過去の記憶と繋がらない何かを繋ぐアクションが始まったのでした。90年代の半ばのお話を21世紀になって繋げてみようじゃないか、写真の力を見せてあげましょうプロジェクトのスタートであります。

つづく。

石取祭を撮る

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(写真と記事は長島の石取祭の物です。桑名市街地ので行われるものではありません)

(by iPhone)

桑名には石取祭というのがあります。8月の1週目の週末にあるのですが、これとは別に富田と長島にも石取祭が存在します。富田はお盆です。そして長島の石取祭は桑名の1週間前で、桑名の花火大会と同じ日になります。なので桑名の花火大会のドンドンという音を聞きながら写真の山車の練り歩き(といっても3台なのですが(^^;)を見ることが出来ます。

祭りの少し前から太鼓や鐘の打ち鳴らしの練習をやっているのであーそろそろだな、という前風景というか音を聞くこともできます。

(By iPhone)

祭りとしては屋台なんかも出ないし大変こじんまりとしたものです。花火大会と日程が被るので観光客も殆ど来ません。なのでじっくりまったりと祭りを楽しみたいのであればロケハンとして訪れるのもいいかと思います。

(By K-3,ISO5000)

写真に注釈をつけましたが、今回はK-3を導入したので高感度がどこまでイケるのかなと思ってテストの意味合いを込めて行ってきました(行ってきましたと言っても歩いて15分位なのですが(笑))

川向こうで花火大会をやっているので、うまく花火大会のプログラムと合えば花火を絡めての写真を撮ることが出来ます。

写真を見比べて一目瞭然なのですが、iPhoneって賢すぎてつまらんです(笑) ただボタン押してるだけでそこそこの見たままの写真が撮れてしまうので雰囲気も何もないよな、、、、

どちらがいいのかは人の好みにもよるのですが、撮影手段は複数の方がいいといういい例なのかな・・・?

(By K-3,ISO5000)

まあ、雰囲気を求めた作画づくりをしたいのであればデジタル一眼レフやミラーレス、ハンドリングや見た目重視なら携帯電話のカメラですね。ありきたりの結論です(笑)

祭りとしては小規模ですのでお手軽に撮りに来る(駅からも近い)のもいいかと思います。長島側から花火大会をロケハンして、島内の市街地て練り歩きを撮るというのも時間を詰めれば可能です(逆に夕方日の当たるうちにデーライトで撮ってそれから河川敷に行くというのも少し歩きますが無理すれば可能です。

おしまい。